「それなら、お兄ちゃんはどこで『モニカ』が階段から落ちた話を聞いたのでしょうか?私は連絡していませんし…… 」
「リュド殿も風の噂で聞いたと言っていましたし、両国を出入りする行商人から聞いたのかもしれません」

 両国の出入りは厳しいが、行商人なら比較的に出入りは簡単であった。
 両国の大切な物資を輸出入する行商人は、両国を繋ぐ大切な存在であり、時には互いの国に嫁いだ「花嫁」たちを心配した家族の手紙や贈り物を代わりに運搬するメッセンジャーとしての役割も担う。
 そんな行商人の審査は緩く、出入国の許可も出やすい。
 最近では行商人の審査ももう少し厳しくするべきだという意見もあり、国王と文官たちが審議をしているとのことだった。

「それなら、尚更、お兄ちゃんと会って安心させるべきですよね。心配してわざわざ来てくれたくらいです」
「そうですね。貴女さえ良ければ会って下さい。私も機会があったらリュド殿からモニカの幼少期について、話を聞きたいくらいです。……無論、貴女自身の幼少期も」

「貴女自身の幼少期」というのは、今のモニカのーー御國の話だろう。
 期待するようなマキウスの目を見られなくて、モニカは目を逸らす。

「私の幼少期なんて、恥ずかしい話しかないですよ。下の弟妹をからかって、弟妹の持っているものが羨ましくて、何でも奪いましたし」
「それなら、私も幼少期は散々、姉上やアガタにからかわれ、奪われました。それだけではありません。絵の具まみれにされ、当時は苦手だった虫を服の中に入れられ、二人が虫の巣に石を投げ込んだせいで、私が巣から出てきた虫に追いかけられたこともあります」
「大変だったんですね……」
「いつの日か、貴女にも姉上たちの愚痴をお聞かせしますよ」

 そんなマキウスの話を聞いて、ふと気づいたことがあった。

 これまで「モニカ備忘録」を見ても、モニカの家族であるリュドヴィックに関する記憶が、他の記憶よりも遠い場所にあるような気がした。
「モニカ」がリュドヴィックの記憶を意図的に避けているのだろうか。
 リュドヴィックと話した限り、好青年といった感じで、特に怪しいところやいかがわしいはなかったがーー。

(この機会に知ろうかな)

 これまで、「モニカ」が歩んできた人生、「モニカ」の過去について。
 もしかしたら、その中に御國がモニカになった理由もわかるかもしれない。
 それが、「モニカ」を託された、今のモニカの役割でもあるのだろうから。