モニカたちは広場に待たせていた馬車に乗ると、ヴィオーラが住んでいるブーゲンビリア侯爵家にやって来た。
 初めて来たブーゲンビリア侯爵家は、手入れが行き届いた広い庭と、豪華なヨーロッパ風の屋敷のいかにも貴族の屋敷といった風情であった。
 けれども、屋敷中がどこか騒がしい雰囲気であった。

 マキウスは屋敷の玄関についていた呼び鈴を鳴らした。
 しばらくして、足音が近づいて来たかと思うと、内側から扉が開かれたのだった。

「失礼。私はマキウス・ハージェントです。当主のヴィオーラ姉上に取り次いで頂きたいのですが……」

 扉を開けて出て来たのは、金色の髪を頭の上で二つに結び、白色のフワフワの毛が生えた耳と、金色の瞳が特徴的な年若い女性メイドであった。

(わあ、可愛いメイドさん……!)

 アマンテが奥ゆかしい屋敷のメイドだとしたら、目の前のメイドはメイド喫茶で働いているメイドと言えばいいのだろうか。
 愛らしさがあり、可愛いがりたくなる。
 妹の様な、どこか庇護欲さえ感じられたのだった。

 そんなモニカの様子に気づくことなく、マキウスはメイドに話しかけたのだった。

「アガタか」
「お久しぶりです。マキウス様」

 アガタと呼ばれたメイドは、金色の瞳を嬉しそうに細めた。
 そうして、モニカとリュドヴィックに気づくと、マキウスに問いかけたのだった。

「マキウス様、そちらは奥様ですか?」
「ええ。妻のモニカと、モニカの兄上のリュドヴィック殿です」

 次いで、マキウスはモニカとリュドヴィックに向き直ると、紹介してくれた。

「モニカ、リュドヴィック殿、彼女の名前はアガタ。私の屋敷でメイド長を務めるペルラの娘で、私とモニカの娘であるニコラの乳母を務めるアマンテの妹です」
「初めまして。モニカ様。アガタと申します。母と姉から、お話は伺っております」

 一礼したアガタに対して、モニカはドレスの裾を掴むと、ペルラに教わった通りの挨拶をしたのだった。

「初めまして。アガタさん。私はモニカ・ハージェントです」

 最近、育児の片手間に貴族の女性として相応しい振る舞いや挨拶、マナーをペルラから教わっていた。
 ハージェント男爵夫人の「モニカ」として、生きていく以上、貴族の集まりやパーティーに顔を出さねばならない日も来る。
 それに備えて、今から勉強した方が良いだろうと、自らマキウスに頼んだのだった。

 マキウスは「ニコラの育児で大変なのに、休む時間だけでなく、私と過ごす時間も減ってしまうのでは……」と渋っていたが、何度も頼むと、やがて根負けしたのか、講師としてペルラを呼んでくれたのだった。

 マキウスによると、ペルラはヴィオーラとマキウスの乳母を務めていた際に、姉弟に貴族としての礼儀作法を教えていたことがあったらしい。
 新しく作法の講師を探すより、ペルラなら信頼もあって大丈夫だと、マキウスのお墨付きもあった。

 ペルラの負担を増やしてしまうのは申し訳無かったが、マキウスのお墨付きなだけあって、ペルラの教え方は分かりやすく、モニカのペースに合わせてくれるので、覚えやすかった。
 今後もペルラには講師をお願いするつもりであった。

「私はリュドヴィックと言います」

 モニカに続いて、リュドヴィックも頭を下げると、アガタは顔を綻ばせたのだった。

 よくよく見ると、アガタはペルラと同じ色の瞳であった。
 アマンテとはあまり顔形が似ていなかったので、アマンテは父親似なのだろうか。
 アガタはリュドヴィックに視線を移したのだった。

「貴方がリュドヴィック様ですね。ヴィオーラ様が探していました。待ち合わせの場所に来ないとのことで……。今、ヴィオーラ様を呼んで来ますね!」

 そうして、ペルラは「ヴィオーラ様!」とパタパタと足音を立てながら、階上へ消えて行ったのだった。

「……マキウス様、私たちはここに居たままでいいのでしょうか?」
「さあ……」

 案内されることなく、その場に取り残されたモニカはマキウスと顔を見合わせたのだった。