「私です。入ってもいいですか?」
次の日の夕方、旦那様が御國の元を訪れた。
「はい。どうぞ」
今日は仕事が休みということで、旦那様は今までどこかに出掛けていたらしい。
部屋に入ってくると眉を顰めたのだった。
「……何をしているのですか?」
御國はベッドに腰掛けると、腕にニコラを抱いて、右手にスプーンを持っていたのだった。
「あっ、これですか? もうすぐ、ニコラが離乳食を始めると思うので、その前にスプーンに慣れさせておこうと思いまして」
御國は持っていたスプーンを、傍らのサイドテーブルに置いていた水の入ったコップの中に入れたのだった。
これは元の世界で育児書を読んだ時に知ったのだが、離乳食を始めた赤ちゃんの中には、金属のスプーン特有の冷たさが苦手な子がいるらしい。
そうならないように、予めスプーンを使って、水や小指の先よりも少ない野菜スープ、すりつぶした果実を絞った汁を飲ませて、スプーンに慣れさせると良いとのことだった。
「旦那様もあげてみますか? ニコラはスプーンを怖がらないどころか、もっと水が欲しいみたいですよ」
「それじゃあ……い、いえ! 今は遠慮しておきます」
「そうですが。ああ、それなら! ニコラの入浴上がりはどうですか? その時に、またあげるつもりです!」
再度、御國は勧めてみるが、旦那様は丁重に断ったのだった。
「それよりも、貴女に渡したいものがあります」
「渡したいものですか?」
「ええ。部屋まで来て頂けますか?」
旦那様はペルラを呼ぶと、ニコラの面倒を見るように指示を出して預けたのだった。
そうして、御國は旦那様に連れられて、部屋を出たのだった。
「ここが、旦那様のお部屋なんですね」
旦那様に連れられて始めて入った部屋の中には、ダブルベッドの様な大きなベッドと、白色の布張りのソファーセット、よく磨かれたガラスのテーブルしかなかった。
その代わりに、窓辺には御國の部屋よりも大きな白いバルコニーがあったのだった。
「私の部屋というよりは、ここは私と貴女の寝室です。もっとも、貴女が私と同じ部屋での就寝を拒否したので、今は私が一人で使用しています。そういう意味では、私の部屋と言っても間違いではありませんが……」
「覚えていませんか?」と旦那様に聞かれ、御國は真っ青になりながら、首を振ったのだった。
「ま、まさか。勿論、覚えていますよ!」
(しまった)
御國は内心でそう思いながらも、何度も頷いた。
旦那様はまだ疑わしげではあったが、「そうですか」とだけ答えたのだった。
御國が窓辺に近寄ると、旦那様も後を追うようにやって来た。
旦那さんの手には、掌サイズの小さな白色の小箱があったのだった。
「貴女にこれを差し上げます」
「ありがとうございます……」
御國が両手を伸ばして丁寧に受け取るが、何故かその瞬間、旦那様は悲しげな顔をしたのだった。
「開けてもいいですか?」
「……どうぞ」
御國がそっと小箱を開けると、中には中指の爪くらいの大きさをした赤い宝石の指輪が入っていたのだった。
「わぁ! これはルビーでしょうか? 綺麗な指輪ですね!」
御國は窓から差し込む光に指輪をかざしてみる。指輪は光を受けて、キラキラと赤く輝いていたのだった。
「貴方が階段から落ちて昏睡状態になる前、貴女は私が差し上げた指輪を失くしたと、大騒ぎをしましたね。それをきっかけに、私たちは大喧嘩をしてしまいました」
「そ、そうでしたね!」
(それで夫婦仲が悪かったんだ……)
ペルラが言っていた「モニカ」が、旦那様にニコラを会わせなかったというのは、きっとこの大喧嘩がきっかけなのだろう。
ようやく、夫婦仲が悪い理由がわかって一安心すると、御國は何も身につけていなかった左手の薬指に、指輪を嵌めたのだった。
「それなら、私はもう気にしていません。この指輪で充分です」
御國が気にしなくていいという意味を込めて笑った瞬間、突然、旦那様は御國の右手を掴んだのだった。
「あの、旦那様?」
そうして旦那様は両手で御國の手を掴むと顔を顰めたのだった。
「貴女は、いったい誰ですか?」
次の日の夕方、旦那様が御國の元を訪れた。
「はい。どうぞ」
今日は仕事が休みということで、旦那様は今までどこかに出掛けていたらしい。
部屋に入ってくると眉を顰めたのだった。
「……何をしているのですか?」
御國はベッドに腰掛けると、腕にニコラを抱いて、右手にスプーンを持っていたのだった。
「あっ、これですか? もうすぐ、ニコラが離乳食を始めると思うので、その前にスプーンに慣れさせておこうと思いまして」
御國は持っていたスプーンを、傍らのサイドテーブルに置いていた水の入ったコップの中に入れたのだった。
これは元の世界で育児書を読んだ時に知ったのだが、離乳食を始めた赤ちゃんの中には、金属のスプーン特有の冷たさが苦手な子がいるらしい。
そうならないように、予めスプーンを使って、水や小指の先よりも少ない野菜スープ、すりつぶした果実を絞った汁を飲ませて、スプーンに慣れさせると良いとのことだった。
「旦那様もあげてみますか? ニコラはスプーンを怖がらないどころか、もっと水が欲しいみたいですよ」
「それじゃあ……い、いえ! 今は遠慮しておきます」
「そうですが。ああ、それなら! ニコラの入浴上がりはどうですか? その時に、またあげるつもりです!」
再度、御國は勧めてみるが、旦那様は丁重に断ったのだった。
「それよりも、貴女に渡したいものがあります」
「渡したいものですか?」
「ええ。部屋まで来て頂けますか?」
旦那様はペルラを呼ぶと、ニコラの面倒を見るように指示を出して預けたのだった。
そうして、御國は旦那様に連れられて、部屋を出たのだった。
「ここが、旦那様のお部屋なんですね」
旦那様に連れられて始めて入った部屋の中には、ダブルベッドの様な大きなベッドと、白色の布張りのソファーセット、よく磨かれたガラスのテーブルしかなかった。
その代わりに、窓辺には御國の部屋よりも大きな白いバルコニーがあったのだった。
「私の部屋というよりは、ここは私と貴女の寝室です。もっとも、貴女が私と同じ部屋での就寝を拒否したので、今は私が一人で使用しています。そういう意味では、私の部屋と言っても間違いではありませんが……」
「覚えていませんか?」と旦那様に聞かれ、御國は真っ青になりながら、首を振ったのだった。
「ま、まさか。勿論、覚えていますよ!」
(しまった)
御國は内心でそう思いながらも、何度も頷いた。
旦那様はまだ疑わしげではあったが、「そうですか」とだけ答えたのだった。
御國が窓辺に近寄ると、旦那様も後を追うようにやって来た。
旦那さんの手には、掌サイズの小さな白色の小箱があったのだった。
「貴女にこれを差し上げます」
「ありがとうございます……」
御國が両手を伸ばして丁寧に受け取るが、何故かその瞬間、旦那様は悲しげな顔をしたのだった。
「開けてもいいですか?」
「……どうぞ」
御國がそっと小箱を開けると、中には中指の爪くらいの大きさをした赤い宝石の指輪が入っていたのだった。
「わぁ! これはルビーでしょうか? 綺麗な指輪ですね!」
御國は窓から差し込む光に指輪をかざしてみる。指輪は光を受けて、キラキラと赤く輝いていたのだった。
「貴方が階段から落ちて昏睡状態になる前、貴女は私が差し上げた指輪を失くしたと、大騒ぎをしましたね。それをきっかけに、私たちは大喧嘩をしてしまいました」
「そ、そうでしたね!」
(それで夫婦仲が悪かったんだ……)
ペルラが言っていた「モニカ」が、旦那様にニコラを会わせなかったというのは、きっとこの大喧嘩がきっかけなのだろう。
ようやく、夫婦仲が悪い理由がわかって一安心すると、御國は何も身につけていなかった左手の薬指に、指輪を嵌めたのだった。
「それなら、私はもう気にしていません。この指輪で充分です」
御國が気にしなくていいという意味を込めて笑った瞬間、突然、旦那様は御國の右手を掴んだのだった。
「あの、旦那様?」
そうして旦那様は両手で御國の手を掴むと顔を顰めたのだった。
「貴女は、いったい誰ですか?」