「けれども、全ての貴族が我々に賛同している訳ではありません。当然、反対する者もいます」

 新しいことをするということは、その分、反対して、反発する者も多い。
 それはどこの世界でも同じなのだろう。

「中には我々の邪魔をする者もいます。それもあって、まだまだ支援が完璧とは言えません」

 風が吹いて、川下からゴミと汚物が混ざった不快な臭いがしてきた。
 息を吸うことさえ憚られる中でも、マキウスは話し続ける。

「私だけが害されるだけなら構いません。けれども、このことが原因で、もしかしたら私の大切な者たちが傷つけられるかもしれません」

 マキウスはモニカを見つめた。
 
「私はそれを恐れています。私は貴女とニコラを守ると誓っていますが、私の手が届かないところで、二人が傷つけられたらと思うと……。怖いです」

 マキウスは事あるごとに、モニカとニコラを「守る」と言っていた。
 もしかしたら、この貧民街の支援が関係していたのかもしれない。
 
「大切なモノが増えるということは、守ることが難しくなる、という意味でもあるのですね。私はようやく気づくことが出来ました」

 ニコラが生まれて、モニカを愛して、いつの間にかマキウスの周りには「大切なモノ」が増えたのだろう。
 守る対象が増えれば、その分だけ守るのは難しくなるから。
 
「マキウス様……」
「貴女に相談もせずに、この活動をしていたことは謝ります。
 貴女がこれからもこの活動を認めてくれるなら、私はこれからも続けていくつもりです。でも、認めてくれないなら……」
「続けて下さい!」

 モニカは即答していた。
 これにはマキウスも意外だったのか、アメシストの様な目で瞬きを繰り返していた。

「マキウス様がされていることは、何も間違っていません。貴族や騎士以前に、ヒトとして当たり前のことをしています」

 モニカが俯くと、目線を地面に落とす。

「私、知らなかった。身分社会なら、こんな場所があってもおかしくないことを……。煌びやかな場所があれば、暗い場所があってもおかしくないのに……。
『モニカ』なら、この場所を知っていたかもしれないのに……。私が『モニカ』じゃないから……」
「それは違います。貴女は先程、確かに言いました。『貴族じゃなければ、出来ないこともある』と。あれは富んだ者たちの裏側に、貧しい者たちがいることを知らなければ、出て来ない言葉です」

 モニカは顔を上げると、橋の袂で握りしめたままのマキウスの手を両手で包んだ。

「でもこれからは、私もマキウス様やお姉様の活動を応援したいです。いえ、協力したいです!」
「モニカ……」
「私に出来ることがあれば教えて下さい。私も大切なマキウス様のお役に立ちたいです!」

 マキウスは口をぽかんと開けていたが、やがて笑ったのだった。
 
「そうですね。何かあれば、妻を頼るとしましょう」
「はい! 私ももっと夫に頼られたいです!」

 二人が顔を見合わせて笑い合っていると、モニカの後ろから、複数の足音が聞こえてきたのだった。