マキウスに連れられたモニカは、広場の通りから外れた薄汚れた通りに入った。どこに連れて行かれるのか不安になったモニカは、恐る恐るマキウスに尋ねる。

「マキウス様、ここは?」
「モニカ、私から離れないで下さい」

 さっきまでの柔らかな声音と違い、どこか真剣な声にモニカは身を強張らせる。そんなモニカの緊張が伝わったのか繋いだモニカの手を、マキウスは強く握ってくれたのだった。

「……昨夜の時点では、ここに連れて行こうか悩んでいました。この辺りは特に治安が悪いので」

 マキウスはモニカを見ることなく、前の見つめたまま続けた。
 どことなく緊張感まで漂ってくるようで、それがモニカにまで伝染するようであった。

「けれども、先程の貴方の言葉で決心がつきました」

 先程、モニカが言った「貴族の役割」や国に関する話のことだろう。

「貴女ならきっと理解してくれる。私や姉上を始めとする、一部の王族や貴族、騎士たちが取り組んでいる活動に」
「それは一体……?」

 モニカがマキウスを見上げると、マキウスは「すぐにわかります」と告げた。

「さあ、この通りの先です」

 生ゴミの様な酷い臭いがしてきた。思わず鼻を押さえていると、マキウスは続けたのだった。

「ここが、王都の裏側です」

 通りを抜けると、そこには埃っぽい澱んだ空気が漂う、薄汚れた場所だった。
 石壁が崩れた建物が並び、ゴミが放置され異臭がしていた。
 あちこちに汚れた格好の人々が虚ろな顔をして、座っていたのだった。

「マキウス様、ここは……?」
「貧民街です」

 二人の側を汚れた格好をした子供たちが走って行った。
 子供たちにぶつかりそうになり、慌ててマキウスにしがみついたのだった。

「気をつけて下さい。彼らにとって、私たちは格好の獲物です」
「もしかして、あまり派手な格好はしないで欲しいと言っていたのは……」

 モニカに手を貸しながらマキウスが頷いた。ここでのモニカたちは外から宝を運んでくる存在なのだろう。宝さえ手に入れられれば、モニカたちの命はどうでもいい。文字通りの身ぐるみを剥がされるかもしれない。

「先程、加工屋から出てきた子供たちも、おそらく貧民街の子供たちです」

 マキウスはモニカを連れて、貧民街の中を歩いた。
 真っ直ぐ進むと、石造りの橋があった。
 その下は汚いドブ川となっており、その中には子供たちが汚れるのも構わずに、何かを探しているのか服のまま入っていた。
 モニカの視線の先に気づいたのか、マキウスが説明してくれた。

「彼らは流れ着いたゴミの中から、売れそうな貴金属を探しているんです。この川は貴族街からも流れてくる汚水が合流して出来た川なので」
「汚水ですか……そんな中に、あの子たちは入っているんですか……」
「稀に魔法石の欠片も流れてくるようで、そういった物は加工屋で高く買って貰えることがあるらしいです。さっきの子供たちは、それを売りに来たのでしょう」

 想像を絶する光景に、モニカは言葉を失った。
 まるで、御國だった頃にテレビや教科書で見たストリートチルドレンのようだと思った。
 彼らは生きる為に、何が流れてきたのかわからない汚水に入り、ゴミを漁っている。
 平和で豊かな世界で生まれ育ったモニカには、想像もしていなかった光景が目の前に広がっていた。