市場の中は、茶色と白色の石造りの建物が連なっていた。
 建物の中で営業している店もあれば、建物の前に露店を出している店もあり、例えるならヨーロッパの街並みのようであった。
 見上げると、建物の二階以上の窓辺に植物を飾っている家や、洗濯物と思しきタオルを干している家もあったのだった。

「活気がありますね!」
「ええ。私が子供の頃に、祖父母と共に育った地方や屋敷周辺を思い出します」
「地方の屋敷というのは、マキウス様のお母様の?」

 市場の中は絶え間なく人が行き交い、先ほどからモニカたちの左右も大勢の老若男女が通り過ぎて行った。
 あまりにも人手が多いので、マキウスの腕を掴んでいなければ逸れてしまいそうだった。
 今も、近くの店から幼い子供の手を引いた親子連れが出てきた。それにぶつからないように二人が避けるとマキウスは頷いた。

「活気もですが、生活様式もでしょうか。自分の力や、自分の意思の元に生活をする姿が、地方での生活や騎士団での見習いだった頃を思い出します」

 母親を亡くしたマキウスが帰された母親の生家であるハージェント男爵家は、貴族というより平民に生活様式や考え方が近かったらしい。
 使用人はいるが、自分に関する最低限のことは、自分でやるというのが、ハージェント家のやり方だった。
 実際に、ブーゲンビリア侯爵家に嫁いできたばかりのマキウスの母親は、使用人の力をほとんど借りず、ほぼ自分で身の周りのことをやっていたらしい。
 男爵家に来たばかりの頃は、ブーゲンビリア侯爵家と生活が違い、戸惑うことも多かったが、自分でやる分、侯爵家より自由させてもらえるからか、マキウスはすぐに馴染んだらしい。
 近くの町や村に出掛けては、野山を駆け回った。学校に通い始めると、身分に関係なく町村の子供たちと共に机を並べて勉強もした。
 喧嘩もしたが、その分、楽しい思い出もたくさん出来た。

 地方の騎士団に入団した頃、特に見習い騎士の時は、自分以外の先輩騎士たちの雑事も、全て引き受けなければならなかった。
 詰め所の掃除、武具の手入れ、野営時の炊事、時には洗濯や入浴の用意も、見習い騎士の仕事だった。
 それらの雑事を嫌がって、騎士団を辞める貴族出身の見習い騎士も多い。
 一方のマキウスは、男爵家でやっていたこともあり、雑事を苦もなくこなしたとのことだった。

「こう見えて、侯爵家に住んでいた頃は、よく姉上に『軟弱』や『弱虫』と言われていました。今の様に騎士として逞しくなれたのも、ひとえに祖父母の教育と地方での生活のおかげでしょうね」
「ええ……。なんだか意外です……」
「恥ずかしながら、子供の頃は今よりとても弱く、姉上に守られてばかりでした。
 そんな私を見て、よく父上は『男ならもっと堂々としなさい』と苦言を呈されていたものです。あの頃は、父上にそう言われるのが嫌でしたが、今ならわかる気がします。
 父上は大切な者を守る為にも、私自身が強くならなければならないと教えてくれたんです。母上や姉上、そして大切な妻と娘を守れるのは、男である私しかいないと」

 その時を思い返しているのだろうか。マキウスは遠いところを見ているようであった。