「それなら、喜んで練習相手になりましょう。
 貴女の小鳥の様な可憐な声を聞きながら眠りにつける贅沢を、ニコラに独り占めされるのは惜しいですから」
「もう……。娘に嫉妬して、恥ずかしいことを言わないで下さい」

 赤面した顔を見られたくなくて、モニカは絵本で顔を隠した。
 隣で横になったマキウスは、ふと思い出したように話し出したのだった。
 
「こうして、暗い部屋で本を読んでもらっていると、子供の頃、ペルラに本を読んでもらったことや、姉上と一緒にベッドで絵本を読んだ日々を思い出します」
「ペルラさんはわかりますが、お姉様と一緒に絵本を読んだことがあるんですか?」
「ええ。私と姉上は、同じ乳母であるペルラに育てられました。まだ父上が生きていた頃は、姉上と共にペルラの元で過ごすことが多かったのです」
 
 マキウスとヴィオーラの母親同士は不仲だったが、姉弟は同じ乳母であるペルラに育てられていた。
 丁度、二人が生まれた時期に、ペルラがアマンテとアガタの姉妹を生んだばかりであり、乳が出ていたことと、ペルラが代々ブーゲンビリア侯爵家に仕える一族の者と結婚したことで、信頼が置けるというのもあったらしい。

 特にマキウスは授乳の時期が終わってからも、身体の弱い母親の体調が優れない時は、よく乳母であるペルラの元で過ごしていた。
 そんなマキウスを心配したヴィオーラも、よくペルラを訪ねる振りをして、マキウスの元に来てくれたのだった。
 
「夜になると、姉上は『眠れない』と言って、私が寝ている部屋にやって来ては、私のベッドに入ってきました。
 私を寝かしつけていたペルラが、別のベッドを用意すると言っても、姉上は聞きませんでした」

 おそらく、ヴィオーラはヴィオーラなりに、マキウスを心配していたのだろう。
 以前、マキウスから聞いた話では、マキウスの母親は身体が弱く、乳母であるペルラも自身の子供たちを育てながらマキウスの世話をしていたとのことだった。
 義弟(おとうと)が寂しく、悲しい思いをしていないか、ヴィオーラなりに気遣っていたのだと思う。

「ペルラがいる時はペルラが、ペルラの手が空いていない時は二人で、本を読んでいました」
「素敵な思い出ですね」
「ええ。大切な思い出です」

 モニカがマキウスの灰色の頭に触れると、マキウスは犬の様にモニカの手に頬を寄せたのだった。
 
「すみません。邪魔をしてしまって。読み聞かせの練習をするんでしたね」
「いえ。じゃあ、今夜は私が読み聞かせするので、次回はマキウス様が読んで下さいね」
「私も読むんですか?」
「はい。もっとニコラと仲良くなりたいのなら、それが一番早いですから」

 物語の内容によっては、女性のモニカではなく、男性のマキウスが読んだ方が、読み聞かせに深みが出ることがある。
 例えば、男性が主人公や語り手となる作品の時や、教訓を伝える物語の時。
 大切なのは、子供が物語に没入できるかどうか。アナウンサー並みの活舌の良さはあまり関係ない。
 マキウスは落ち着いた話し方をしており、声色は低く、発音にも問題はない。
 そんなマキウスが読み聞かせをすれば、きっと説得力のある読み聞かせになるに違いない。
 モニカから話しを聞いたマキウス
は、俄然、ニコラへの読み聞かせにやる気が出てきたようだった。

「ニコラの為なら、私もやりましょう」
「良かったです。じゃあ、読みますよ」

 モニカはマキウスの肩まで掛布を掛けると、絵本を読み始めた。
 
 マキウスはよほど仕事で疲れているのか、元々寝つきがいいのかはわからないが、すぐに寝付くタイプであった。
 今夜もモニカが読み聞かせを始めてすぐに、マキウスは寝息を立て始めたのだった。
 こんなマキウスを微笑ましく思いつつ、モニカは絵本を読み終わると、ベッド脇のサイドテーブルに絵本を置いて明かりを消した。

「おやすみなさい。マキウス様」

 すやすやと寝息を立てるマキウスに、モニカはそっと微笑んだ。
 マキウスの隣で横になると、そのまま目を瞑ったのだった。