「今朝は、顔色が良いようですね」
「はい。昨夜は楽しい夢を見たので」
「そうですね。私も楽しい夢を見ました。貴方と、貴方の世界を歩く夢を」

 頬を愛撫していたマキウスは、やがてモニカの両頬を手で包むと、ぐっと顔を近づけてきた。

「夢の中での姿も、とても愛らしい姿でした。忘れない内に姿絵に残しましょうか」
「それを言うなら、人間姿のマキウス様も、とてもかっこよかったです。見惚れてしまいそうになりました」
「惚れましたか?」
「ほ、惚れ、て!?」
「冗談です。慌てる貴女も愛らしい」

 囁く様に話すマキウスの吐息が顔にかかってくすぐったい。
 いつになくマキウスに揶揄われて、モニカは目を白黒させてしまう。

(これは、まだ夢を見ているのかな……? マキウス様が冗談を言って、甘い言葉を囁いてくる……)

「夢の中の出来事なのに、覚えているんですか……? 夢って、起きたら忘れるものなのに……」
「普通はそうでしょうね。ですが、あれは私にとって夢ではありません。貴女が忘れても、私はずっと覚えています。貴女と歩いた街並みも、美味な食べ物も、貴女と交わした言葉でさえも」

 マキウスは夢のことを覚えていないと、モニカは勝手に思っていたが、どうやら違っていたようだった。
 戸惑っていると、ようやくマキウスは両頬から手を離してくれたのだった。

「あのように楽しい夢は、久しぶりに見ました。子供の頃の様に興奮して、騒いでしまって……貴族として、騎士として、貴女の夫として、相応しくない姿を見せてしまいました」
「そんなことはありません! 年相応なマキウス様の姿を見て、もっとマキウス様のことを知りたくなりました。貴族でも、騎士でもない、ありのままのマキウス様の姿を知りたくなりました」

 外からは啼鳥(ていちょう)が聞こえてきた。
 もうじき、使用人たちも起きだしてきて、新しい一日が始まるのだろう。
 そんなことを考えていると、マキウスはモニカの胸元に手を伸ばしてきたのだった。

「やはり、夢ではないようですよ」
「えっ!?」

 モニカがマキウスの腕に視線を落とすと、そこには緑色の宝石がはまった金色の花のネックレスーーペリドットのネックレスがあったのだった。

「あれ!? このネックレスって……」

 夢の中でマキウスに買ってもらい、首にかけてもらったネックレスが、なぜかモニカの首にあった。

「一体、どうして、夢の中で買ったものなのに……」
「夢の名残でしょうか……。貴女の夢が生み出した私たち夫婦の思い出か」

 慌てるモニカに対して、マキウスは落ち着いているようだった。

「夢の名残なんて、あるんですか?」
「普通はありませんが……まあ、魔法石に宿った魔力を使ってみた夢ですからね。無意識の内に、魔力で生み出してしまっていてもおかしくはありません」

 指先でネックレスを弄んでいたマキウスだったが、何か閃いたようだった。

「もしかして……!」
「え、え……。マキウス様、何を……!?」

 マキウスはモニカの両腕を掴むと、ネックレスに顔を近づけてきたのだった。

「ま、マキウス様?」
「そのまま、動かないで下さい」

 前にも聞いたような言葉を言うと、マキウスはペリドットに口づけをしたのだった。

(こ、これって……!)

 初めて魔法石の指輪を身につけた時も、同じことをされた覚えがあった。
 あの時は、マキウスの魔力を魔法石に認証させるのが目的だったが。

「あの……」
「静かに」

 マキウスに注意されて、モニカは目だけ動かして、マキウスを見つめる。
 今回は胸元にマキウスの顔があるからか、魔法石に魔力を認証させた時より顔が近かった。
 目の前にはマキウスのフワフワの毛が生えた黒い耳があり、モニカの鼻先をフワフワの毛が掠めてくすぐったい。
 それでも、動くことが出来ず、顔を逸らすことしか出来なかった。

(な、何度されても、緊張する……!)

 今にも口から心臓が飛び出てしまうくらいに、胸が激しく高鳴っていた。
 息をすることさえ憚られるマキウスとの近距離に、モニカは身を硬くしたのだった。