残された俺は少し迷ってから、藍くんのあとを追いかけることにした。……暑い。尋常じ
ゃなく暑い。
 なぜ俺は真夏の炎天下を走っているのだろうと後悔しかけたとき、藍くんが体育館の屋根
の下に座り込んでいるのが見えた。足を止め、額の汗をタオルで拭ってから、歩いて近づい
ていく。

「大丈夫? いきなり走って気持ち悪くなってない?」

 俺も屋根の下の日陰に避難しながら声をかけると、藍くんは膝に顔を突っ伏したまま頭を
横に振った。沈黙を、セミの声がやかましく埋めていく。

 ミンミンゼミの声を聞きながら、俺は考えていた。ああ、そういえば琥太郎くんと藍くん
がNGを出すときは、ふたり一緒の場面が多かったな、と。

「……いつから琥太郎くんとケンカしてるの?」

 隣にしゃがんで尋ねた俺の言葉に、藍くんは「本番が始まった日」と拗ねたような声で、
けれども素直に教えてくれた。

 どうして俺は今まで気がつかなかったんだろう。今さらだ。まったくもって今さらだ。そ
れなりにキャリアもスキルもある子役がふたりそろって調子を崩していたのだ。能力の問題
ではなく、ふたりになにかがあったと考えるのが普通なのに。

「琥太郎が悪いんだよ。あいつ、ステバでバグ技使ったんだ。だから俺怒って、ズルするや
つとは二度と遊ばないって」

 喧嘩の原因は思わず苦笑いしてしまいそうになるほど馬鹿らしかったが、藍くんの口調は
いたって真剣だった。
 ステバとは子供に大人気の対戦型ゲームソフト、ステージバトラーの略だ。携帯ゲーム機
でできるので、公園なんかでも子供たちが集まって遊んでいるのをよく見かける。藍くんと
琥太郎くんも、きっと休憩中や移動中に遊んでいたのだろう。そしてバグ技とは、その名の
通りコンピューターのバグを利用してゲームを優位に進めるプレイだ。それを賢いと捉える
か卑怯と捉えるかは、人それぞれだと思う。

 ようはゲームのズルが原因で喧嘩が勃発したのだ。……じつにくだらないと思ってしまい
そうになるけれど、それは違うと俺は俺を咎める。自分だって子供のときは友達と遊ぶゲー
ムが世界で三番目くらいに大切だったのだ。子供の世界は狭くて純真で閉塞的だ。だからこ
そそのコミュニティが崩壊することは、世界の終わりくらいの絶望感がある。きっと今の琥
太郎くんと藍くんは、その絶望感を感じているに違いない。