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 常連さんと新着本の話をしていた志希は、扉が開いたのに気が付いて、すぐに「すみません」と会話を切り上げた。

「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」

 小走りで入り口に立つお客さんのところへ行き、礼儀正しく頭を下げる。
 やってきたのは、七十歳くらいと思われるお爺さんだった。初めて見るお客さんだ。凛とした佇まいで、背筋がピンと伸びた、厳格そうな雰囲気の老人である。
 お爺さんは一度店の中を見回した上で、志希の方を向いた。

「失礼、お嬢さん。君が、小日向志希さんで間違いないかな?」

 初めて来たお客さんに名前を呼ばれ、志希はきょとんとした表情を見せる。
 しかし、すぐに気を取り直して「はい、私が小日向です」と名札を見せながら返事をする。
 すると、お爺さんの纏う雰囲気が、安心したように少しだけ柔らかくなった。

「あの……失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」

「覚えていないか。まあ、当然だな」

 志希が問うと、お爺さんは肩を竦めてフッと笑った。

「かく言う私も、一目で君とわからなかったのだから、まあ人のことは言えない。まあ、私たちが顔を合わせたのは十三年前――拓真(たくま)の葬式の時の一回きりだ。一目でわかるわけがない」

「お父さんの……葬式?」

 自分の名前に続いて父の名前まで飛び出し、いよいよ志希が首を傾げる。
 するとそこへ、ちょっと厄介そうな気配を感じたのか、荒熊さんがやってきた。