その後、志希は『すみません。私、ちょっと顔を洗ってきます』と言って、奥へ引っ込んでいった。そして戻ってきた時には、何事のなかった様子で――。

『さっきは取り乱してすみませんでした。忘れてください』

 と恥ずかしそうに笑いながら謝ってきた。
 本人がそう言う以上、荒熊さんとしてもそれ以上は突っ込めない。話はそこで終わりとなった。

 だが、その夜のことだ。バーの営業を終えた荒熊さんが二階へ上がると、廊下に光が漏れていることに気が付いた。光が漏れている方を見てみれば、志希の部屋のドアが微かに開いていた。

 実は、志希の部屋のドアは、少し立て付けが悪いのだ。きちんと閉めていないと、ラッチボルトが外れてしまうことがある。故に、荒熊さんはきちんと閉まり切っていなかったのだろうと考え、志希に教えてあげようとした。

 そして、見てしまったのだ。

『お母さん、ごめんなさい……。ごめんなさい……』

 開いていたドアの隙間から見えた部屋の中で、志希は絵本を抱きしめて泣いていた。それも、なぜか母親に対して謝りながら……。

 志希が何を思って泣き、何を謝っているのか、荒熊さんにはわからない。それでも、昼間に志希が言っていた『お母さんに嘘をつき続けていた』に関係していることだけは明らかだろう。
 さすがにそんな状態を誰かに見られていたと知るのは酷だろうと思い、荒熊さんは志希に声を掛けないまま、部屋の前を離れた。

 だが、翌日になってみれば、志希は本当にいつも通り。前の晩のことは夢ではなかったかと思ってしまうほど、至って普通だった。

 そして、一週間が経過して今に至ったわけだが……。

「けどまあ、本当に大丈夫なわけないよね。あの様子は……」

 志希を見つめながら、荒熊さんは独り言ちる。