『だって私は……お母さんが死んでしまうまで、ずっとお母さんに嘘をつき続けていたんですから……』

 志希が震えながらそう言い放ってから、一週間が過ぎた。
 荒熊さんはカウンターでコーヒー豆を挽きながら、「どうぞ、ブレンドコーヒーです」と笑顔で給仕をする志希の後姿を見つめる。

 あの日以来、志希に変わった様子はない。いつも通り、人好きのする笑顔で、楽しそうに常連さんや明日香と接している。

「志希ちゃん、何かおススメの本とかある?」

「そうですね……。先日、小学生向けのなぞなぞの本が入荷したのですが、これがなかなかトンチの利いた難問揃いで。きっと、いい頭の体操になると思いますが、いかがですか?」

 今もこの通り、お客さんとカフェに新しく入った本の話題で盛り上がっている。
 しかし、荒熊さんはどうにもあの日の志希の様子が気になっていた。
 志希の後姿を見つめながら、荒熊さんはあの日のことを思い出す。

 あの日、荒熊さんはもう少し詳しい話を聞こうと、項垂れた志希にこう尋ねたのだ。

『……もしかして志希ちゃんも、お母さんとうまくいってなかったのかな』

『いいえ、そんなことはありません。お母さんは明るくて優しくて、いつも私を大事にしてくれました。私も、そんなお母さんが大好きでした』

 荒熊さんからの質問に、志希ははっきりと否定で答えた。そして荒熊さんの目から見ても、志希の答えに嘘はなかったと思える。実際、志希はこれまでの生活の中でも、両親――特に母を尊敬している旨の話を何度も繰り返してきた。志希自身は、母親のことを誰よりも慕っているのだ。

 ただ、それでも……。

『でも、私はそんなお母さんのことを、幼い頃から欺き続けてきたんです』

 志希は再び、荒熊さんへそう言ったのだ。