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 紗代と明日香が準備のために控室へ消えて十五分。
 志希たちがステージの前に並んで座って待っていると、先に姿を現したのは明日香だった。着物は明日香の分も用意しておいたが、明日香はいつものパーカーとハーフパンツ姿だ。おそらく、慣れない着物で臨むよりも普段着の方がよいパフォーマンスを発揮できると判断したのだろう。

 生まれて初めて高座に上がった明日香は、その感動を噛み締めるように満ち足りた表情で一度目を閉じた。
 そして、気合の入った勝気な笑みを浮かべて目を開く。志希たちに一礼をした明日香は、スッと息を吸い込んだ。

「ようこそのお運び様で、厚くお礼申します。真崎明日香、初めて上がったこの高座に恥じぬよう、一生懸命一席申し上げさせていただきます」

 いつも通り、物怖じしない表情と緊張を見せない語り口調で、明日香が磨いてきた落語を披露していく。
 演目はもちろん、明日香の十八番(おはこ)である『時そば』だ。
 軽妙な語り口で蕎麦屋のあれやこれやを褒め称え、蕎麦を啜る音も絶好調である。
 そんな明日香の表情は、あらいぐまで演じる時よりも三割増しで輝いているように、志希には見えた。

「明日香ちゃん、いつもよりイキイキしてますね」

「お父さんにとって明日香ちゃんの落語を観るのが夢だったように、明日香ちゃんもお父さんに落語を観てもらいたいと思っていただろうからね。あんなに楽しげな明日香ちゃんを見られて、僕もうれしいよ」

 明日香の邪魔にならないよう、志希が小声で話し掛けると、荒熊さんはミニサイズの前脚を組んで、実の父親の隣で父親面をしながら満足げに頷いた。