* * *

 目が眩むほどの光は、しばらくすると何事もなかったかのように治まっていった。
 明日香は、強烈な光の所為でまだシパシパする目をこする。やがて光の残像も消えていき、明日香はホッとしながら目を開いた。
 そして――。

「何これ。私、夢でも見ているの……?」

 明日香は母の戸惑いに満ちた声を、自身も唖然としたまま聞いた。
 明日香たちがいたのは、あらいぐまの店内ではない。もっと広い場所だ。この場所には、見覚えがある。昔、父と一緒に母の落語を観た公民館のホールだ。その真ん中に、明日香は紗代と一緒に立っていた。
 すると、ホールの広い空間に声が響く。

「ここは、明日香ちゃんの本に残った記憶の世界です」

 声の主は、志希だ。彼女は、荒熊さんと一緒にホールのステージの上にいた。

「本の記憶の世界? 姐さん、それってどういうことなのさ」

「ごめんなさい。細かいことは、企業秘密なのです」

「いや、企業秘密って……」

 唇に人差し指を当てて困ったように微笑む志希を、明日香が物言いたげに見つめる。
 だが、志希の方はそんな明日香から視線を外し、ホールの後ろの方へ目を向けた。

「それよりも明日香ちゃん、紗代さん――来ましたよ」

「来たって、誰が……」

 志希につられ、明日香と紗代も背後を振り返る。
 そしてふたりは――再び驚きで目を見開いたまま、体を硬直させた。

「やあ、紗代さん、明日香」

 とても……とても懐かしい声が、明日香の鼓膜を優しく震わせる。
 その声、その姿。見間違えるはずもない。そこに立っていたのは、死んだはずの明日香の父・大輔(だいすけ)であった。