「ううん。おっかさんは悪くない。大丈夫だよ。きっと何かのきっかけさえあれば、心の整理がつけられるさ」

「ええ、そうね。ありがとう、明日香」

 明るい笑顔と前向きな言葉で明日香が紗代を励まし、紗代も娘の励ましに心からの感謝で応える。
 ――と、その時だ。

「――だったら、そのきっかけを今から掴みに行きませんか?」

 唐突にそんな声を掛けられ、明日香と紗代が声のした方を振り向く。
 ふたりが振り返った先には、明日香の本を手にした志希が微笑んでいた。その足元では、荒熊さんが任せとけと言わんばかりにサムズアップしている。

「旦那? 姐さん?」

 志希からの唐突な提案に、明日香は頭の上に“?”を浮かべて首を傾げる。
 どういうことかわからない。明日香の顔にはそう書いてあった。いや、明日香だけでなく紗代も同じ顔をしている。
 そんな親子に、志希は手に持っていた本を差し出した。

「口で説明するよりも、実際に体験してもらった方が早いです。おふたりとも、この本に手を置いてください」

 志希が促すと、明日香と紗代はわけがわからないといった顔のまま、素直に本に手を置いてくれた。
 同時に、志希が足元にいる荒熊さんを見た。

「荒熊さん、お願いします」

「ほいきた。任せといて!」

 荒熊さんが志希の体をよじ登り、本を持つ彼女の手の上に、自分の手を重ねる。
 その瞬間、志希は源内の時と同様、体の中から何かが荒熊さんの方へ流れ出ていく感覚を抱いた。
 そして――世界が光に包まれ始める。

「姐さん、旦那! これは!」

 明日香が驚きに声を上げ、紗代が息を呑んだのが気配で伝わってくる。

「大丈夫です! 私と荒熊さんを信じてください!」

 だから志希は、ふたりを安心させるようにできる限り優しく、明るく言葉を紡いだ。

「聞きにいきましょう。おふたりが大切に思っている人が、何を思っていたのか――いえ、何を願っていたのかを」