「つかぬことを聞くけど、ここで僕が『はじめまして。僕がこのカフェの店主です』って言ったら、『そんなバカな!』って思う?」


 再び流暢な日本語でしゃべるアライグマ氏。口は普通に動いていて、腹話術とは思えない。本当にしゃべっているように見える。


 それはともかくとして、まずはアライグマ氏に投げ掛けられた疑問だ。志希は戸惑いを混ぜた神妙な面持ちで「はい」と頷く。

 すると、アライグマ氏も志希と同じく神妙(?)な面持ちで「そうか……」と頷き返し――。


「秘密を知られたからには仕方ない。君には……消えてもらおう!」


 と、おもむろに志希に向かってファイティングポーズを取って見せた。

 なお、それを見た志希の感想は、「あ、かわいい……」であった。もはや彼女も、ちょっとばかり現実逃避気味である。


「ムムム、一切動じないとは……。なかなかの強者とお見受けする」


 そして、現実逃避中であるが故にファイティングポーズに無反応な志希に対し、アライグマ氏は勝手に警戒レベルを上げていた。

 なお、真実は動じていないのではなく、志希の頭がこの状況を処理し切れていないだけである。

 だが、そんな志希の瞳に、突如光が宿った。


「そうか、わかりました! 私、きっと内定取り消しと火事のショックで、夢を見ているんですね!」


 何を思ったのか唐突にそう言って、志希はアライグマ氏に背を向けた。

 そして何をやり出すかと思えば、おもむろに自分の頬をつねり出した。

 手加減なしで思いっきりつねったので、かなり痛い。目から涙が出てきたし、手を離したのにヒリヒリする。きっと鏡を見たら、頬が赤くなっていることだろう。


 しかし、これだけ痛い思いをしたのだ。きっと夢も覚めたはず!

 そう思い、志希は確信に満ちた表情で後ろを振り返った。


「あの~……。君、大丈夫?」


 やっぱりそこにいたのは、しゃべるバリバリカフェ店員のアライグマ氏だった。しかも、ファイティングポーズを解いて、明らかに心配した表情の……。


「どうしましょう……。夢が覚めないです……」


 志希はショックで崩れ落ち、床に手をついた。

 しかもアライグマ氏に憐憫の表情を向けられたことが、何だか心にズシッと重くのしかかった。


「なんか、その……ごめんね。でもこれ、現実だから。夢じゃないから。受け入れよう」


「はい……」


 項垂れる志希を気の毒に思ったのか、アライグマ氏が優しく労わるように志希の肩を叩く。

 そんなアライグマ氏に、志希も諦めた様子で力なく頷くのだった。