そして、荒熊さんがこちらの考えを読んでいたということは、彼もこの手を考えていたのだろう。
 あとは神様として、荒熊さんがあの親子の願いを聞き届けるか否か。“親子”という、誰もが持つ縁を結び直したいという、ふたりの願いを……。

「……僕が明日香ちゃんと初めて会ったのは、半年前のことでね。その時の明日香ちゃん、公園のブランコで寂しそうにしていてさ。聞いたらお母さんと仲が悪くなって、落語ができなくなりそうって言ってね。僕はさ、『だったら、うちの店においでよ。うちの店で落語をやったらいいよ』って提案したんだ」

 荒熊さんが優しげな口調でそう語り、志希が顔を上げる。
 荒熊さんは湯飲みを手に持ち、懐かしそうに宙を見つめていた。

「それから半年間、この店は明日香ちゃんの隠れ家で逃げ場所だった。――でも、隠れ家も逃げ場所も、結局は一時しのぎの場所だ。本当の居場所に戻る時が来たってことなのかな」

「きっと、そうなのだと思います」

 しんみりと言いながらお茶を啜る荒熊さんに、志希ははっきりと頷く。

「志希ちゃんのお願いだけどね、僕はいいよ。この半年間で、明日香ちゃんにはたくさんお手伝いしてもらったからね。お供え物としては、十分過ぎるほど働いてもらった。神様として、その労にきちんと報いてあげないといけない」

 荒熊さんは、穏やかな顔で志希の願いを了承した。
 志希はそれに対し、「ありがとうございます」ともう一度頭を下げる。
 ただ、すぐにまた顔を上げ、志希は不思議そうに首を傾げた。

「それはそうと、荒熊さん。さっきから、何をそんなしんみりしているのですか?」

「え? だって明日香ちゃんが紗代さんと仲直りしたら、もううちの店に来なくなっちゃうかもしれないな~って思って……」

「ああ、なるほど。荒熊さんは、それが心配だったのですね」

 荒熊さんがしんみりしていた理由がわかり、志希はおかしそうに笑い出す。