「明日香には、本当に悪いことをしていると思っています。あの子は、私と違ってとても強い。落語を続けることで、あの人との絆を守ろうとしている。それなのに私は、明日香のように前に進む勇気が持てなくて、それどころかあの子の思いを踏みにじるばかりで……。でも、自分ではどうすることもできなくて……」

 紗代の声に嗚咽が混じり始める。
 そんな母の懺悔を聞き、明日香が志希の手を強く握ってきた。

「……ねえ、姐さん」

「……はい」

「……あたし、おっかさんの気持ちなんて考えたことなかった」

 唇を真一文字にして、明日香が絞り出すように言う。
 明日香の心の中も、今は複雑なのだろう。この懺悔だけでは、紗代がこれまで強いてきたことを許せない。けれど、紗代の本心を知って、ただ嫌うこともできない。そんな葛藤が、この小さな体の中でグルグル回っているのだと思う。
 志希は、そんな明日香の頭を空いている手で撫でた。

「……大丈夫ですよ、明日香ちゃん」

「……姐さん?」

「……明日香ちゃんは、まだ大丈夫です。まだ……私と違ってやり直せますから」

 そう言って、志希はいつもと同じく明日香に微笑みかける。
 ただ……明日香には、その笑顔が少しぎこちないように見えた。まるで何かに耐えているかのように……。
 しかし、明日香が何かを言う前に、カウンターの方から荒熊さんの声が聞こえてきた。