「へ?」


 驚きのあまり、素っ頓狂な疑問と驚きの声を上げた。

 だが、それも仕方のないことだろう。なぜなら志希の視界の先にいたのは、“人”ではなかったのだから。


「……どうしてアライグマが?」


 志希は、思ったままの疑問を素直に声にした。


 そう。志希の目の前にいたのは、紛れもないアライグマだった。それも、なぜか白のシャツに黒の蝶ネクタイ、黒のスラックスと同じく黒のエプロンという、バリバリのカフェ店員スタイル衣装に身を包んだアライグマ……。


 志希はアライグマをジッと見つめた後、何かの間違いかと一度目をこすった。そして、もう一度目を見開いてみるが……やっぱりそこにいるのはアライグマ。


「…………」


「…………」


 静かな店内で、これまた静かな無言の間が流れる。


 その間にも、志希の頭の中は思考の大洪水だ。

 いやまあ、確かにこの店の名前は、ブックカフェ“あらいぐま”だ。そういう意味では、アライグマがいても不思議ではないのかもしれない。だって、名前にそうあるのだから。こう……マスコット的な意味で。犬カフェだの猫カフェだのが癒しの場として人気を博しているらしい昨今、アライグマと本を売りにしたカフェがあってもおかしくはないだろう。


 しかし、なぜに店員衣装? あとついでに、さっきこのアライグマさん、しゃべっていませんでしたか?

 いやいや、アライグマさんがしゃべるなんて、そんな……。きっと私の勘違い。もしくは腹話術的な……。


 ――とまあ、そんな強引な納得のための理由付けと、それに対する疑問が目まぐるしく志希の頭の中で飛び交う。

 そして、思考の奔流を一通り乗り越えた末、出てきた言葉は――。


「どうしてアライグマが?」


 結局のところ、先程と同じ疑問だった。


 一方、疑問の言葉を二回連続で投げ掛けられたアライグマ氏。何だか器用に考えるポーズをし始める。


 余談であるが、考えるポーズのアライグマ、ギュッと抱き締めたくなるくらいかわいい。志希は思わず和んだ。

 そんなかわいらしさ全開のアライグマ氏は、思索の結論が出たらしく「ふむ」とひとつ頷いて志希を見上げた。