「でも、おとっさんが死んで、おっかさんは変わっちまった。理由はわからないけど、落語がきらいになっちまった。それでサークルもやめて、あたしにも落語をやめさせようとするようになったんだ」

 明日香、傍らに置いた本と扇子に手を添える。

「家にあった落語関係のものは、この一年で全部捨てられちまったよ。今も家に残っている落語関係のものは、この本と扇子だけだ」

 家から楽しい思い出に関わるものが次々消えていくのは、どんな気持ちだっただろう。どれほどショックだっただろう。
 今は天涯孤独になってしまったとはいえ、ずっと母親に大事にしてもらってきた志希には、想像を絶する話だった。

「この本はおとっさんが、扇子はおかっさんが、それぞれ誕生日に買ってくれたものなんだ。楽しかった頃の思い出が詰まった、あたしの大切な宝物……。だからこの落語集と扇子だけは、どうにか守ってた。おっかさんも、あたしに落語をやめさせようとはしていたけど、これにだけは手を出さなかった」

 それなのに、と明日香は歯を食いしばりながら、また本と扇子を抱きしめる。

「もうダメだった。おっかさんは、この本と扇子まで捨てようとした。あたしが好きだったおっかさんは、本当にもうどこにもいなくなっちまったんだ」

「明日香ちゃん……」

 辛い現実に悔しさを滲ませる明日香の肩へ、志希がそっと手を掛ける。
 すると、その時だ。階下から、「明日香!」という女性の声が聞こえてきた。