「何かさ、すごい久しぶりだよ。晩ごはんを食べるのが、こんなに楽しいの」

 楽しいと言いつつも、その表情は寂しそうだ。
 それはきっと、明日香の中に一緒に楽しく食事をしたい相手がいるからだろう。その相手が誰なのか察した志希は、自身も食事の手を止める。

「明日香ちゃんのお母さんは、どうしてあれほどまでに明日香ちゃんの落語をやめさせたいのですか?」

 志希は、遠慮がちに明日香に問う。
 聞くべきではないかと思ったが、聞くことで何か自分が力になれることも見つかるかもしれない。話すことを拒否されればそれまでにしようと、志希は明日香を見つめた。

 すると明日香は聞いてもらうことを選んだのか、「昔はさ……」と口を開いた。

「昔は……おとっさんが生きている頃は、おっかさんも落語が好きだったんだ。アマチュアだったけど、落語サークルとかいうのに入って公民館なんかで落語会をやったりしてさ。『明日ノ家(あすのや)桜花(おうか)』って亭号で、サークルの中でも一番人気だったんだよ。おとっさんもあたしも、おっかさんの落語を観るのが好きだった」

 明日香が語るのは、まだ家族三人で楽しく暮らしていた頃の思い出だ。
 母の落語を父と一緒に観て笑い、家では両親に落語を教えてもらう。年に数回は寄席へ行って、家族三人で一日中落語を楽しんだ。

 そんな、他愛ないけれど幸せな思い出が明日香の口から語られていく。父が生きていた頃の思い出を語る明日香は本当に楽しそうで、彼女にとって大切な記憶であることが窺える。

 しかし、不意に明日香の表情が曇った。