「そんな大喧嘩をした後ってことは、お腹空いたでしょ。――志希ちゃん、確かもう晩御飯できてたよね。奥で明日香ちゃんに食べさせてあげて」

「了解です!」

 荒熊さんからの指示に、志希は笑顔のまま敬礼の真似事をして応える。
 一方、明日香は戸惑った顔だ。突然、ご飯を食べてこいと言われ、「え? え?」とあたふたしている。

「明日香ちゃん、いきましょう」

「でも姐さん、あたし……」

「大丈夫です! 明日香ちゃんは大船に乗ったつもりで、ドーンと構えていてください!」

 志希は、そんな明日香の背中を押して、カウンターの奥へと連れていく。

「お母さんの方は、僕に任せておいて」

「はい。すみませんが、よろしくお願いします」

 カウンターの中ですれ違い様に耳打ちをしてきた荒熊さんへ、志希は信頼を込めて目礼した。
 志希も、そう時間を置かずに紗代が店にやってくるだろうことはわかっていた。そして、情けない話だが自分では紗代に太刀打ちできないであろうことも……。

 けれど、荒熊さんが「任せて」と言ってくれているのだ。きっと明日香にとっても紗代にとっても悪いことにはならないよう治めてくれるだろう。

 だから志希も、今の自分にできることをやる。明日香が少しでも心を休められるように、安心できる場所を与えてみせる。それが志希の覚悟だ。
 志希は、明日香を二階の居間へ案内した。

「明日香ちゃんは、そこで座っていてください。今日のメニューは、私特製カレーライスですよ。腕によりをかけた自信作です。すぐに準備できますから、ちょっと待っていてくださいね」

「――姐さんっ!!」

 居間へ通された明日香が、勇んで台所へ向かおうとする志希を、強い声で呼び止める。
 志希が振り返ると、明日香はパーカーの裾を握り締めながら、深く頭を下げた。