求人広告から一度目を離した志希は、扉の前から数歩下がって、改めて店の外観をじっくり眺めた。

 改めてよく見れば、カフェの店先は掃除と手入れがきちんと行き届いている。飲食店として、とても好感が持てる佇まいだ。店の人たちの細やかな気遣いとホスピタリティが感じられる。


 志希は瞳を輝かせて口元に笑みを浮かべ、ひとつ大きく頷いて確信した。

 このお店で働くことができたら、きっと楽しいだろうと。


「いざ、参ります!」


 心を決めた志希は、これも何かの縁と信じ、店に突入した。


 やや緊張した手つきで扉を開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは、天井まで届く高い本棚だった。奥の角を挟むように、六連の本棚が並んでいる。遠目に見ても、様々な本が並んでいるのがわかる。


 なるほど、ブックカフェと名に背負うのも納得の本の量だ。


 そして、本棚の所為かちょっとこじんまりして見える店内には、ログハウス風の雰囲気と合わせたのか、木製の丸テーブルが三つ並んでいる。そして、本棚がある方と反対側にはカウンターとその奥には食器棚など。席数は、テーブル席とカウンターを合わせて十席といったところか。

 木の温もりとコーヒーの香りで満たされた店内は、心が休まるような優しさを感じる。


「これが、ブックカフェあらいぐま……」


 店内を見回し、志希はポツリと呟く。

 今は開店中のようだが、昼下がりという時間もあってかお客さんはいないらしい。

 すると、その時だ。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」


 店内をキョロキョロ見回す志希に向かって、どこかから声が掛けられた。

 カウンターにも人が立っている様子はなかったから、志希はびっくり仰天。ビクッと体を硬直させた。


「あ、ええと……。すみません、私はお客さんではなく……」


 お客さんと勘違いさせてしまったことにやや罪悪感を覚えながら苦笑し、志希は声が聞こえた方を向く。

 しかし、まっすぐ正面を見つめる志希の視界に人の姿はない。


「あれ?」


 不思議に思った志希が、首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


 と思ったら、また同じ方向から声がした。しかも、先程は気が付かなかったが、かなり下の方から。

 志希は傾げていた首を一度元に戻し、次いでゆっくりと下へ向けていく。


 そして――。