荒熊さんの提案は、志希の言う漠然とした「助ける」よりも具体的かつ効果的な手段だ。しかし、手段が具体的になったが故に、志希にもその先にある結果がよりわかりやすく想像できてしまった。

 児童相談所に通報すれば、大事になるのは確実だ。場合によっては、明日香は一時保護として母親から引き離されるかもしれない。

 先程の紗代の明日香に対する言動は目に余るものがあったし、何かが起こる前に引き離した方がいい可能性も、確かにある。


 けれど、本当に通報するべきなのだろうか。明日香は、志希が通報することを望むだろうか。さらに言えば、明日香が母親のことを本当はどう思っているのか。


 志希には、そのすべてがわからなかった。明日香が母親と引き離される結果になっても通報すべき。そう言い切れるだけの自信と、結果を背負えるだけの覚悟が、今の志希にはなかった。


 おそらく荒熊さんが児童相談所を引き合いに出した狙いは、これだったのだろう。

 漠然としたことを言って、その結果に対する責任から目を逸らしている志希に、動くなら覚悟せよ、と伝えてくれたのだ。

 意気消沈した志希は、明日香が座っていたカウンター席を寂しそうに見つめる。


「明日香ちゃん、もうお店に来てくれないんでしょうか……」


「どうだろうね。あの様子だと、案外今日中に家出してくるかもしれないよ。さっきは完全に不意打ちだったから呑まれてたけど、いつもお母さんとガチ喧嘩しているみたいだし。今頃、立ち直ってお母さんとバトル中かもね」


 深刻そうに呟く志希に対して、荒熊さんはのんきに笑いながらパタパタ尻尾を振っている。


「もう、荒熊さん! 私は真面目に言っているんですよ!」


「あはは、ごめん、ごめん。でもね、志希ちゃんももう少し肩の力を抜きなよ。明日香ちゃんは、そんなに弱い子じゃないからさ」


 飄々とした荒熊さんに志希は憤慨した様子だが、当の本人はどこ吹く風でのほほんとコーヒー豆を挽き始めた。