店の中に再び静寂が訪れる。しかし、その意味合いは十分前とまるで逆だ。志希はまるで嵐にすべてを踏み荒らされた直後のような、呆然自失とした心持ちだった。

 だが同時に、紗代が去ってくれたことに安心した自分がいる。明日香が、辛そうな顔のまま連れていかれたのに。自らの保身ばかりに頭が行ってしまった事実に、志希は苛立ちを覚える。
 ただ、自分を責めてばかりはいられない。志希は、隣にいる神様のアライグマを見た。

「荒熊さん、どうしましょう。明日香ちゃん、連れていかれちゃいました……」

「仕方ないよ。親御さんが迎えに来たのに、帰さないわけにはいかないし」

「でも、あんな無理矢理……。あれじゃあ、明日香ちゃんが可哀想です」

 明日香の助けを求めるような顔が、志希の頭をよぎる。
 このまま何もしなくていいのか。いいわけがない。明日香を助けなければ。
 そんな義憤と焦燥感が、志希の胸に募っていく。
 そして志希は、意を決したように表情を引き締め、エプロンを素早く外した。

「荒熊さん、やっぱり今からでも追いかけましょう。今なら、まだ明日香ちゃんを助けられます」

「志希ちゃんの気持ちはわかる。けど、ちょっと落ち着こうか。第一、追いかけてどうするの? 明日香ちゃんを、お母さんから奪い取るつもり? そんなことしたら、本当に誘拐になっちゃうよ」

 しかし、血気に逸る志希のことを窘めるように、荒熊さんは冷静に諭してくる。
 荒熊さんに痛いところを突かれた志希は、踏み出しかけていた足を止めた。

 確かに、荒熊さんの言っていることはもっともだ。出鼻をくじかれた志希はもどかしさを感じながらも、荒熊さんに反論できず押し黙る。
 すると、荒熊さんは「あ、でもね」と妙に明るい声で続けた。

「それでも志希ちゃんが何かしたいって言うなら、児童相談所に相談するっていう手はあるよ。そうすれば、正式な手続きのもと、明日香ちゃんを助けられるかもしれない」

「――っ! それは……。確かにそうかもしれませんが、けど……」

 荒熊さんからの提案に、志希は一瞬目を丸くする。さらには先程までの勢いも完全に消えて、しどろもどろに言い淀んでしまった。