「あ、あの……」

「……何か?」

 気が付けば、志希は紗代のことを呼び止めていた。
 紗代は煩わしそうな目で志希のことを睨む。その目に恐怖を感じながらも、志希はグッと奥歯を噛み締めて耐える。

「明日香ちゃん、痛そうです。放してあげてください」

「先程もそちらの店長さんに申し上げましたが、あなた方にとやかく言われる筋合いはありません。これは家族の問題です」

「そうかもしれません。ですが、明日香ちゃんは、私の大切なお友達です。こんな連れ去るようなやり方、見過ごせません」

 紗代と視線を合わせ、志希は声を震わせながらもはっきりと言い切る。
 そんな志希の言葉に、明日香も「姐さん……」と涙ぐんだ。
 だが、紗代の方は、呆れたと言わんばかりの顔でため息をついた。

「……連れ去っているのは、どちらですか」

「え……?」

「何なら、今ここで警察を呼んでもいいのですよ。未成年者の略取ということで」

 紗代の言葉に、志希の背筋が凍り付く。それだけ、警察という言葉にはインパクトがあった。
 同時に、明日香が紗代に縋りついた。

「おっかさん、やめて! あたし、帰るから! 姐さんと旦那にひどいことしないで!」

 まるで悲鳴を上げるように、明日香が紗代に訴える。
 紗代も本当に警察を呼ぶつもりはなかったのか、志希を一瞥した後、大人しくなった明日香の手を引いて入り口の扉を開いた。

「今後、この子に関わらないでください。次は、本当に警察へ通報しますから」

 そう言い残し、紗代は明日香を連れて、店から去っていった。