「いいねえ、この割り箸! ここら辺に出る二八蕎麦は割ってある箸ばかりだよ。誰が使ったかわかんなくていけねえ。それってえと、この割り箸は気持ちいいや。それに、いいどんぶり使ってるねえ。物は器で食わせろってえが、実にうまそうだ!」


 箸やら器やら。やたらめったら褒めまくりながら、明日香は扇子を箸に見立てて蕎麦を啜る仕草をする。

 この演目の醍醐味のひとつは、蕎麦をすする音の表現だそうだが、明日香のそれは、実に見事だ。志希に耳には、本当に蕎麦を食べているようにしか聞こえない。


「おい、蕎麦屋さん。この蕎麦、いってえいくらだい? ――へい、十六文でございやす。――ふうん、そうかい。生憎と細けえ銭しかねえんだ。手え、出してくんな」


 そう言って、明日香は「(ひい)(ふう)(みい)」と銭を出していく仕草をする。


(なな)(やあ)……おっと、今何時でい! ――へい、九つでい。――十、十一、十二、十三、十四、十五、十六。うまかったよ、ごちそうさま!」


 明日香が帰っていく仕草をすると、笑いが起きた。

 その後も噺は続く。お代をちょろまかす手口を見た別の男が、自分もそれを真似てみようと試みる。しかし、ちっともうまくいかない。そしてクライマックス。男は蕎麦屋に勘定を尋ねる。


「へっへ、十六文ね。しっかり数えてくんな。一、二、三、(よお)(いつ)(むう)、七、八……今何時でい。――へい、四つでい。――五、六、七……。――あらあら、余計に払ってしまいました。悪いことはするもんじゃないですねえ」


 明日香がお辞儀をすると、拍手が巻き起こった。

 常連さんたちは、笑いながら拍手をし、「明日香ちゃん、日本一!」などと囃し立てる。一見のお客さん方も感心した様子で、熱心に拍手をしてくれていた。