「それにさ、一年前におとっさんが交通事故で死んでから、あたしはおっかさんとの折り合いが悪くてね。おっかさんは、あたしに落語をやめさせたい。あたしは、落語をやめたくないってな具合で……。だから、仮におっかさんが家にいたとしても、一緒に出掛けたりなんかしないだろうね。息が詰まるだけさ」

 これまた芝居かかった大仰な身振り手振りで、明日香が笑い話のようにそう続けた。
 しかし、口調や仕草とは裏腹に、明日香はどこか物悲しい雰囲気だ。その上、やや虚ろな目で哀愁を感じさせる重いため息までついていた。
 志希、再び真っ青である。どうやら志希が踏み抜いた地雷は、連鎖式であったようだ。それも、連鎖する度に威力が倍増していく系……。

「志希ちゃーん、もうすぐ開店時間だから、表を少し掃いてきてくれる? 明日香ちゃんは、テーブルの紙ナプキンとか補充しといてくれる?」

 志希が泣きたい気分になっていると、そこに荒熊さんから声が掛かった。
 見れば、荒熊さんは小さい手でサムズアップしていた。あとは任せといて、とでもいうように。どうやらドツボに嵌る志希を見かねて、助け舟を出してくれたようだ。
 志希は、ありがとうございます、と荒熊さんへアイコンタクトを飛ばし、箒とちり取りを持って外へ出る。
 表を箒で掃きながら、志希は重いため息をついた。

「本当に今日は、どうなっているのでしょう。話せば話すほど裏目に出てしまいます……」

 普段はこんなことないのだが、今日はどうにも星の巡りが悪いらしい。もしくは仕事に慣れてきた自分に対する、油断するな、という天からのお告げか。

「どちらにしても、気を付けないといけないですね。お客さんに粗相をしてしまったら、店の評判を落としてしまいますから」

 油断大敵、勝って兜の緒を締めよ。志希は気を引き締めるように、両の拳をぐっと握って「頑張りましょう」と気合を入れた。