「そう言ってくれるのは、志希ちゃんだけだよ~。それでさ、五十年前にあの人、いきなり何て言ったと思う? 『ちょっと日本全国巡ってくるから、君、土地神やっといて』だよ! それでさっさと僕に役目と権能の一部を預けて、神社から出て行ってさ! もうほんと、あの時は何日か開いた口が塞がらなかったよ」


「それは……はい。心中、お察しします……」


「しかもあの人、いまだ悠々自適に全国漫遊中でさ。十年に一度くらい帰ってくるけど、土地神に戻る気はゼロみたいなんだよね。……ほんとにあのダメ土地神、次に帰ってきたら眼鏡叩き割ってやろうか」


 はあ~、と重いため息をついて首を振る荒熊さん。もはや過去語りでも何でもなく、ただの愚痴大会である。今がバーの開店前だったら、店の酒でも取り出して飲み始めそうな勢いだ。


 最初は同情的だった志希も、辛うじて笑顔は保っているが完全にお困りムードだ。

 ただ、このまま荒熊さんを愚痴らせておくわけにもいかない。放っておけば、いつまでも愚痴っていそうだし……。志希は気を取り直し、荒熊さんに申し訳なく思いつつも、この流れをぶった切りにかかった。


「ま、前の土地神様の件は置いておくとしまして、縁結びの神様というのはちょっと意外でした。私、荒熊さんは商いの神様かと思っていましたので。自分でカフェを経営していらっしゃるくらいですし」


「このお店は、ただの趣味だよ。神社にずっといるのって暇だしね。神社の方は神使がいれば何とかなるし、僕はこの店を経営しながら、町のみんなを見守っているんだよ」