* * *
コーヒーとスコーンを心ゆくまで味わった源内は、「今日はありがとう。それでは、また」と、もう一度礼を言って帰っていった。
実にあっさりとしたお別れとなったが、だからこそ逆に、志希はこれが今生の別れではないのだと実感することができた。
「荒熊さん、今日は私のワガママに協力してくれて、どうもありがとうございました」
「気にしない、気にしない。店の常連さんの背中を押して上げるのも、神様兼店長の役目だからね」
源内の見送りを終えた志希が感謝を伝えると、荒熊さんはいつも通り飄々とした様子でヒラヒラ手を振っていた。本当にこの店長は、気のいい神様だ。
源内が帰ると、志希は荒熊さんとふたり、急いでバー開店の準備だ。いつもより短い時間で慌ただしく準備を済ませ、開店時間と同時に未成年である志希は二階へ引っ込んだ。
ひとまず自室に戻り、制服から部屋着に着替える。そのままベッドに腰かけると、一日の疲労でコテンと布団に転がりたくなった。
「……いけません。まだ、晩ごはんを作っていないですし、お風呂も沸かさなければ……」
布団の誘惑を断ち切り、「よいしょ」と口にして立ち上がる。
と、その時だ。不意に両親の顔が、志希の視界の端に入ってきた。
「…………」
志希は無言のまま、両親の遺影を置いた棚の前に立つ。きちんとしたものを買えるほどのお金はないので、ふたりには申し訳ないが志希は棚の上に布を敷いて、そこを仏壇の代わりとしていた。
「お父さん……。お母さん……」
父と母、それぞれの遺影に向かって呼びかける。ふたりはそれぞれの写真の中で、穏やかに笑っていた。そしてふたつの遺影の間には、二人の位牌と形見である結婚指輪が置いてあり、指輪が蛍光灯の光を反射して輝いている。
志希は本棚から両親からもらった絵本を取り出して抱き締め、遺影の中の母を見つめた。
「お母さん……。私、少しはお母さんへの罪滅ぼしができたでしょうか」
志希は、まるで答えを求めるように、か細い声で遺影の中の母に問い掛ける。
しかし、それに答える者がいるはずもなく、志希の問いは部屋の中に溶けて消えていった。
コーヒーとスコーンを心ゆくまで味わった源内は、「今日はありがとう。それでは、また」と、もう一度礼を言って帰っていった。
実にあっさりとしたお別れとなったが、だからこそ逆に、志希はこれが今生の別れではないのだと実感することができた。
「荒熊さん、今日は私のワガママに協力してくれて、どうもありがとうございました」
「気にしない、気にしない。店の常連さんの背中を押して上げるのも、神様兼店長の役目だからね」
源内の見送りを終えた志希が感謝を伝えると、荒熊さんはいつも通り飄々とした様子でヒラヒラ手を振っていた。本当にこの店長は、気のいい神様だ。
源内が帰ると、志希は荒熊さんとふたり、急いでバー開店の準備だ。いつもより短い時間で慌ただしく準備を済ませ、開店時間と同時に未成年である志希は二階へ引っ込んだ。
ひとまず自室に戻り、制服から部屋着に着替える。そのままベッドに腰かけると、一日の疲労でコテンと布団に転がりたくなった。
「……いけません。まだ、晩ごはんを作っていないですし、お風呂も沸かさなければ……」
布団の誘惑を断ち切り、「よいしょ」と口にして立ち上がる。
と、その時だ。不意に両親の顔が、志希の視界の端に入ってきた。
「…………」
志希は無言のまま、両親の遺影を置いた棚の前に立つ。きちんとしたものを買えるほどのお金はないので、ふたりには申し訳ないが志希は棚の上に布を敷いて、そこを仏壇の代わりとしていた。
「お父さん……。お母さん……」
父と母、それぞれの遺影に向かって呼びかける。ふたりはそれぞれの写真の中で、穏やかに笑っていた。そしてふたつの遺影の間には、二人の位牌と形見である結婚指輪が置いてあり、指輪が蛍光灯の光を反射して輝いている。
志希は本棚から両親からもらった絵本を取り出して抱き締め、遺影の中の母を見つめた。
「お母さん……。私、少しはお母さんへの罪滅ぼしができたでしょうか」
志希は、まるで答えを求めるように、か細い声で遺影の中の母に問い掛ける。
しかし、それに答える者がいるはずもなく、志希の問いは部屋の中に溶けて消えていった。