「源内さん……。新しい生活への不安、少しは和らぎましたか?」


「ああ、そのことか。それなんだがね、妻に話したら盛大に笑われてしまったよ。『どうせ残り少ない人生なんですから、悩むだけ損ですよ』ってね。その上、『孫と暮らせるなんて羨ましい。不安だなんだと言うなら、代わってもらいたいです』と散々拗ねられてしまった」


 志希の質問に、源内は苦笑しながら答える。

 奥さんのことを話す源内の雰囲気は、とても明るい。何というか、憑き物が落ちたといった感じだ。


「その上、『あっちで土産話を待っていますよ』とまで言われてしまった。これはもう、全力で楽しむしかないだろうね」


「その言葉、きっと奥さんも喜んでいると思いますよ」


 荒熊さんが相槌を打つと、源内は「だといいけどね」と朗らかに笑った。

 そして、源内は名残惜しそうにカフェの中を見回して、いつも座っているカウンター席に腰を下ろした。


「荒熊さん、ひとつお願いをしてもいいかな」


「僕にできることなら、何なりと」


 そう言いながら、荒熊さんはカウンターの中へ移動する。源内のお願いがなんであるか、わかっているというように。

 源内も、荒熊さんが愛用の椅子に登ってちょこんと座るのを待ち、ゆっくりと口を開いた。


「ではひとつ、お願いだ。ブレンドコーヒーを淹れてもらえないだろうか。あと、できればスコーンを梅ジャム付きでもらえるとうれしい」


「もちろん、喜んで。――志希ちゃん、スコーンの方の準備をお願い」


「はい! 任せてください」