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 源内たちから少し離れたところに身を隠し、志希と荒熊さんはふたりの様子を見ていた。ふたりは今、仲睦まじく梅の木の下で万葉集を読んでいる。志希が望み願っていた光景が、そこにはあった。


「源内さんの願い、無事に叶ったみたいですね」


「うん、そうだね」


 志希の呟きに、荒熊さんも同調する。

 その声を聴きながら、志希はあの夜の荒熊さんとの会話を思い出した。


『僕ね、実は神様パワーで人を本の記憶の世界に送り込むことができるんだよ』


『本の記憶……ですか? それは一体……』


『人間と同じで、本も自らが過ごしてきた時間の記憶を持っている。僕はそこに干渉し、人を連れて入り込むことができるんだ。――もっとも、連れていけるのは、その本に対する思い入れが深い人って条件はあるけどね。あと、神様パワーを使う条件としてお供え物が必要だけど……まあ、それは源内さんからもらってきたカフェの御代を代用するってことでいいんじゃないかな』


 あの夜、荒熊さんは志希に、自身の力をそう説明してくれた。

 ちなみに、入り込む記憶の場面は、荒熊さんの方で調整が可能とのことだった。


『源内さんは、奥さんにプレゼントした万葉集を、毎年梅の木の下で読んでいたと言っていた。その本さえあれば、梅の木が枯れる前の公園へ源内さんを連れていくことができるはずだ。当然、そこには源内さんの奥さんもいるだろう』


『なるほど! それなら、源内さんの願いを叶えられますね!』


 荒熊さんの提案に、志希は目を輝かせて色めき立った。

 しかし、ひとり盛り上がる志希へ、荒熊さんは『ただし』と続けた。