「さあ、いつまでもそんなところに立っていないで、こっちへ来てくださいな」


 妻に呼ばれ、源内はたどたどしい足取りでベンチへ歩み寄る。何度となく妻と一緒に腰かけ、ふたりで梅の花を見上げたベンチに……。

 源内が隣に座ると、梅歌はそっと彼の頬に手を触れた。


「少し老けましたね。皴が濃くなりました。私が死んで、何年が経ちましたか?」


「もう二年になるよ」


「そうですか……。すみませんね、あなたを一人残すことになってしまって」


「君が謝ることじゃないよ。誰も悪くはないのだから」


「本当にあなたは……。少しくらい恨み言をぶつけてくれた方が、私としても気が楽なんですけどね」


「それは無理だよ。もう胸がいっぱいで……、こうしてもう一度君と話せていることへの感謝しか出てこない……」


 源内の肩が震える。その目から、大粒の涙が溢れ出す。

 子供のように泣きじゃくる夫をあやすように、梅香は源内の手を握る。


「私もですよ。これがどんな奇跡であれ、またあなたと、この梅の木の下でお花見することができました。私は、本当に幸せ者です」


「ああ、そうだね……。本当に幸せだ……」


 源内は妻の手を握り返しつつ、今の幸せを深く噛み締めるように頷いた。