瞼の向こうに光を感じた次の瞬間、源内は温かな風が頬を撫でるのを感じた。


「源内さん、もう目を開けて大丈夫ですよ」


 志希の声でそう言われ、源内は閉じていた目をゆっくりと開――こうとしたところで、眩しさから一度すぐに眇めてしまった。

 眩しさの正体は澄み渡った空に浮かぶ太陽だ。日も暮れかけた夕方のアライグマにいたはずの源内は、いつの間にか真っ昼間の屋外に立っていた。


 いや、この場所には見覚えがある。そこは、妻と毎年花見をしていた公園だった。


「志希ちゃん、荒熊さん、これは一体……」


 一緒にいたはずのふたりに問い掛けようとするが、そこに彼女らの姿はない。つい先程、志希の声を聞いたばかりだと言うのに。

 これはどういうことか、と源内は志希たちの姿を探そうとする。

 その時だ。再び一陣の風が吹き抜けていく。そして源内は、その風に乗って鼻腔をくすぐる、懐かしい香りに気が付いた。


「まさか……」


 信じられないという顔で、後ろを振り返る源内。

 そこには――枯れてなくなったはずの梅の木が、咲き誇るという言葉を体現するように梅の花を満開にして立っていた。


 いや、それだけではない。


「――あなた」


 ずっと近くで聞いてきた、そしてもう聞けないと思っていた声が、源内の鼓膜を震わせる。

 源内を呼んだ声の主は、梅の木の下にあるベンチに座っていた。源内がプレゼントした、あの本を持って。源内が好きだった、あの笑顔を浮かべて……。

 源内は、そこで初めて自分の手から本がなくなっていたことに気が付いたが、そんなことは関係ない。


梅歌(うめか)……」


 源内がその名を呼ぶと、妻はうれしそうに「はい」と返事をした。