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 そして、午後六時。あらいぐまは閉店の時間となり、志希は表のOPENの札をひっくり返し、CLOSEDに変える。

 すると、その時だ。背後から、「志希ちゃん」という待ち人の声が聞こえてきた。

 志希が振り返ると、源内がいつもの穏やかな笑顔で軽く手を上げていた。


「約束通り、来させてもらったよ」


「源内さん。お待ちしていました。とりあえず、店の中へ」


 志希は源内を閉店直後のカフェの中へ通す。中では荒熊さんもカウンターで待機しており、源内の来店を会釈で迎える。

 あらいぐまがバーとして開店するまで、一時間。店に誰かがやってくることはない。


「わざわざこんな時間にご足労いただき、どうもありがとうございます」


「いやいや、どうせ気ままな独り暮らしだ。気にしないでくれ。それと、言われた通り、本を持ってきたよ」


 お礼を言う荒熊さんへ気楽に返事をしつつ、源内はカバンから一冊の本を取り出してカウンターへ置いた。

 あしらわれた梅の花が鮮やかな、見惚れるほどきれいな装丁の本である。


「素敵な装丁ですね。まるで本物みたいにきれいな梅の花」


「それに、四半世紀が経っているとは思えないほど、きれいだ。源内さんと奥さんがどれほどこの本を大事にしていたか、よくわかります」


「ありがとう。そう言ってもらえると、私も誇らしいよ」


 志希と荒熊さんが感嘆した様子で感想を述べると、源内もうれしそうに微笑んだ。


「それで、本題だが……これから一体、どうするつもりなのかな」


 源内に問われ、志希は荒熊さんへと目を向ける。荒熊さんが頷くのを確認し、志希は源内に向き直った。


「源内さんはこの本をしっかり持って、目をつぶっていてください」


「それだけかい? では……」


 本を持った源内が、目を閉じる。

 それを確認し、今度は志希が源内の持つ本の上に手を載せた。同時にカウンターテーブルにちょこんと載った荒熊さんが、志希の手に自分の小さな手を重ねる。


 その瞬間、志希は自分の中にある何かが、荒熊さんへ流れ込んでいくのを感じた。

 そして、源内の本が光を放ち始める。カフェの中は、たちまち本が放つまばゆい光で白く染められた。