その日の夜のこと。

「私にできること、何かないのでしょうか……」

 志希は自室のベッドの中で、もう五回目となる呟きを漏らしていた。
 志希の頭の中で渦巻いているのは、源内が口にした不安だった。

 源内の不安の大元にあるのは、大切な奥さんとの死別だ。同じく大切な人を亡くした経験がある者として、源内には少しでも不安が取り除かれた状態で新生活に向かってほしい。そのために、自分にできることはないのか。

 志希は、源内が帰ってからずっとそんなことを考え続けていた。

「……だめですね。きっと、このままでは……」

 そう呟いて、志希は体を起こした。
 ベッドの中でひとり考えていても、思考が煮詰まっていくだけ。眠ることさえできやしない。
 志希はカーディガンを羽織って布団から抜け出し、一階へ続く階段を下りて行った。

 店舗のカウンターを覗くと、荒熊さんが尻尾を振って鼻歌を歌いながら、本に値札をつけていた。一階の店舗は、カフェの営業を終えた後、バーとして営業している。どうやらその営業を終えて、仕入れた本をカフェに並べる準備をしていたようだ。

 と、その時だ。荒熊さんの手と鼻歌が、不意に止まった。

「志希ちゃん、眠れないのかな?」

 荒熊さんが、扉の陰にいる志希の方を向く。
 さすがは神様。志希がいることはお見通しだったらしい。志希は「はい……」と返事をしながら、荒熊さんのところへ歩み寄った。

「眠れない原因は、源内さんのことかな」

「さすがは荒熊さんです。全部お見通しなのですね」

 隠れていたこと、眠れないこと、そしてその原因。すべてを言い当てられ、志希が降参するように苦笑する。