それは、今朝のことだった。


 今朝、志希は学校がないにもかかわらず、朝六時というとても早い時間から起き出していた。

 志希は朝一で卒業したばかりの高校へ赴くつもりでいた。理由はもちろん、職探しだ。


 今の時期なら、もしかしたら卒業生向けの求人が、まだ残っているのではないか。

 昨日の夜、志希はふとその可能性に気が付いたのだ。まあ、求人が残っていなかったとしても、高校のパソコンで求人サイトの検索くらいはさせてもらえるだろう。それならば、善は急げ。鉄は熱いうちに打て。


 というわけで、もう着ることはないと思っていた高校の制服を着込み、気合を入れて登校する準備をしていたのだ。


「やりますよ! 絶対に就職先を見つけてみせます!」


 朝食を食べて、食器も洗い終えた志希は、グッと拳を握り締めて気炎を吐いた。

 そう、志希は燃えていた。

 目指す先は就職。天国の両親を心配させない、明るい未来。


 しかし……燃えていたのは、志希だけではなかった。


「……あれ? なんだか、目が沁みますね。それに、何だか変なにおいが……」


 最初に感じた異変は、目への刺激と、何かが焦げるようなにおいだった。

 だが、すぐそばのコンロの火は消えている。当然ながら、火の気配はない。不思議に思って、首を傾げる。


 と思ったら、今度は部屋の中が煙ってきた。目と喉が刺激され、志希は涙を流しながら咳込んだ。

 しょぼしょぼする目で煙の発生元を見れば、玄関のドアのすき間から侵入してきている。


 さすがに異常を察し、志希が玄関の扉を開けてみると、そこには――


「あわわ! どうしましょう、火事ですよ!」


 アパートの共用スペースである廊下が炎と煙に包まれていた。おそらく、どこかの部屋で出火し、その火が外へと燃え広がったのだろう。


 志希は慌てて玄関のドアを閉めた。共用廊下は火の海。ここを突っ切って逃げるのは無理だろう。

 しかし幸いにも、志希の居室は一階だ。窓から逃げることができる。


「ああ、でも! 逃げるなら大事なものも持ち出さなければ!」


 では早速、と窓の鍵を開けたところで、志希は慌てた様子で部屋の中を振り返った。

 共用廊下の様子から見て、この部屋に火の手が回るのも時間の問題だ。そうなれば、部屋にあるものはすべて燃えてしまう。


 時間はわずか。迷っている暇はない。志希は愛用のリュックサックを引っ掴んで部屋の中へ戻った。そして、両親の遺影と位牌、形見である両親の結婚指輪、アルバム代わりのデジタルフォトフレーム、幼い頃に両親がプレゼントしてくれた絵本を次々と放り込んでいく。


「――あっと、忘れてました!」


 最後にようやく思い出した様子で通帳とハンコ、財布とスマホを突っ込んで、準備完了。志希はアクション映画のスタントマンよろしく、今度こそ窓から脱出した。


 と同時に、脱出してきた窓から炎が噴き出した。どうやら荷造りしていた間に火が回っていたらしく、窓から入った空気で一気に燃え上がったようだ。


「か……間一髪でした……」


 地べたにしりもちをついた志希は、呆然と燃え盛る自宅を見上げたのだった。