「源内さんと奥さんの話、本当に素敵です。まるで、物語の出来事みたいで……。私、感動しました!」

「いやいや、お恥ずかしい限りだ」

 感じ入った様子の志希に困った笑顔でそう返しながら、源内はコーヒーカップを手に取る。しかし、いつの間にかカップのコーヒーは空になっていた。

「どうぞ。素敵なお話を聞かせていただいているお礼です」

 荒熊さんが、すかさずおかわりのコーヒーを源内さんに出す。話を聞きながら準備していたらしい。さすがは神様。視野が広くて……何というか、抜け目ない。

「ありがとう。お言葉に甘えて、いただくよ」

 荒熊さんからの厚意を受け取り、源内はコーヒーで乾いた喉を潤した。
 その隣で、志希がうっとりした様子で呟く。

「それにしても、源内さんと奥さんをつないだ梅の木ですか……。何だか私も、その木を見てみたくなりました」

「僕も同感だね。ちょうどシーズンだし、今度、隣町へ行ってみようか」

「いいですね! お弁当を持ってお花見に行きましょう、明日香ちゃんも誘って! 私、腕によりをかけて作ります!」

 お花見話で盛り上がり始める志希と荒熊さん。志希は「よろしければ、源内さんも一緒にいかがですか?」と源内にも話を振る。
 しかし、そんなふたりに向かって、源内はゆっくりと首を振った。

「残念だが、それは無理だよ。その梅の木は……五年前に枯れてしまったから」

「……え」

 源内から告げられた言葉に、志希は戸惑いと共に身を固まらせる。

「私も詳しくはわからないが、病気にやられてしまったらしい。今では、切り株しか残っていない」

 そう語る源内は、ひどく悲しげだ。梅の木が枯れてしまったことは、それだけ源内にとってもショックな出来事だったということだ。
 そして、それは当然、源内の奥さんにとっても辛く悲しい出来事だったということで……。

「妻も、残された切り株を見て、とても悲しんでいたよ。まるで、半身を亡くしたみたいだと……。そして、まるで梅の木の後を追うように、二年前に癌で他界してしまった」

 そう告げて、源内は思い出語りを締め括った。
 志希は、もはや何も言うことができずに、沈んだ面持ちで黙り込む。
 自分が調子に乗って「梅の木を見てみたい」なんて言った所為で、源内に辛い話までさせてしまった。本当に、自分の軽率さが恨めしい。