志希があらいぐまでの仕事を始めて、早数日。
 礼儀正しく人当たりのよい志希は、早くも常連のお客さんたちから大人気となっていた。名実ともに明日香に続く看板娘その二、カフェのアイドル一直線といった感じだ。

 志希も志希で、お客さんたちに受け入れてもらえたことで自信につながったのか、カフェの仕事にやりがいを感じ始めていた。正に、最高の滑り出しと言えるだろう。
 さて、そんな看板娘がただ今何をしているかと言うと――。

「うーん! 今日は、お日様が気持ちいいですね」

 買い物袋を片手に、温かなお日様の下で思いっ切り伸びをしていた。
 現在、志希は荒熊さんから頼まれてお使いの真っ最中だ。スーパーで買い出しを終え、お散歩気分で店へと戻っているところである。

 と、その時だ。

「あら? 志希ちゃんじゃない」

 不意に呼び止められて、志希が声のした方を振り返る。そこにいたのは、花が付いた梅の枝をたくさん抱えた、あらいぐまの常連さんだった。

「井上さん、こんにちは。きれいな梅の花ですね」

「うふふ、ありがとう。近くに住んでる友達が梅の木を剪定するって言うから、もらってきたのよ。志希ちゃんは、お買い物?」

「はい。お店のコーヒー用のミルクが切れてしまって。急ぎ、買い出しへ行ってきたところです」

「志希ちゃんは本当に真面目で偉いわね。うちの娘にも見習わせたいくらい」

 井上が、うちの娘ったら、大学でロクに勉強しないで遊んでばかりで……、とため息をつく。
 志希の方はというは、何と返したものかと曖昧な笑顔だ。
 そんな志希へ、井上は抱えていた枝の中から、特に花がきれいに咲いているものを差し出した。

「頑張っている志希ちゃんへご褒美。よかったら、持っていって」

「いいんですか? ありがとうございます。お店に飾らせてもらいますね」

 井上から梅の枝を受け取って、志希がうれしそうに微笑む。咲いた花からは、春の香りがした。
 それから少し井上と世間話をして、志希は店へと戻った。

「荒熊さん、ただ今戻りました」

「お帰り、志希ちゃん。お使い、ご苦労様」

 店の入り口の方から入って、カウンターの向こうの荒熊さんへ声を掛ける。
 すると、カウンター席に座る源内の姿が目に入った。

「こんにちは、源内さん。いらっしゃいませ」

「やあ、志希ちゃん。こんにちは」

 今日もコーヒーを飲みながら短歌集を読む源内へ、志希はペコリと頭を下げる。
 どうやら今いるお客さんは、源内だけらしい。
 源内が、志希の持つ梅の枝に目を留める。