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 荒熊さんや明日香に仕事のことを教えてもらっている間に時間はあっという間に過ぎ、午前十一時。カフェの開店時間を迎えた。

 お昼時が近いこともあってか、開店から間もなく、ちらほらとお客さんたちが入ってくる。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか? では、カウンター席へどうぞ。本を読まれる場合は、あちらの本棚からご自由にお持ちください」


 そんなお客さんたちを、志希は席へ案内し、注文を取っていく。

 最初は覚束ないところもあった志希だが、意外とすぐに順応し、お昼時が終わる頃にはすっかり慣れた様子で接客できるようになっていた。


「二百円のお返しです。どうもありがとうございました。またお越しください」


 女子大生と思われるふたり組が帰っていき、お客が途切れたことで店が静かになる。

 志希が「ふう」とカウンター内の椅子に座ると、明日香と荒熊さんが驚きの(まなこ)で彼女を囲んだ。


「姐さん、すごいね。あっという間に、あんな接客が上手になっちゃって」


「本当に。志希ちゃん、もしかして飲食系のバイトとかしたことあった?」


 興味津々といった様子で、明日香と荒熊さんが志希を見つめる。

 そんなふたりのキラキラ輝く視線を集めた志希は、頬を掻きながら参ったという顔で答える。


「高校生の頃に、学校に許可をもらってスーパーとクレープ屋さんでバイトをしていました。ウェイトレスは初めてですけど、レジ打ちはスーパーで嫌というほどやりましたし、注文を聞くのもクレープ屋さんで慣れていましたので、何とかなりました」


 経験が生かせてよかったです、と志希がホッとした様子で言う。


 メニュー豊富&トッピング無限大のクレープ屋で、女子高生から呪文のような注文を受けるのと比べれば、あらいぐまの接客は随分と良心的だ。店の雰囲気がそうさせるのか、お客さんたちものんびりと注文を言ってくれる。

 ウェイトレスという慣れない仕事に戸惑っていた志希からすると、これにはかなり救われた。お客さんたちのおかげで、仕事に早く慣れることができたと言っても過言ではない。本当に、ここは素敵なお店だと思う。


「さて、一番忙しい時間帯も終わったし、明日香ちゃんはお手伝い、お疲れ様。現物支給、今日は何にする?」


「そうだな~。じゃあ、今日はマドレーヌとオレンジジュース。ジャムは苺で」


「了解。ちょっと待っててね」


 明日香からのオーダーを受け、荒熊さんは手早くお菓子とジュースを用意する。それを受け取った明日香は、本棚から持ってきた落語の本を読みながら頬張り始めた。


「志希ちゃん、僕たちも今の内に昼ご飯にしちゃおう」


「了解です。じゃあ、ちょっと待っていてください。すぐに用意してくるので」


「うん、お願い」