「おや? 明日香(あすか)ちゃん、いらっしゃい。今日はちょっと早いね」

 開店前の来訪者に向かって、荒熊さんが気さくな様子で声を掛ける。
 店に入ってきたのは、小学生と思しき女の子だった。髪は二本の三つ編みにしてあり、服装はパーカーとハーフパンツ。動きやすそうな服装の所為か、活発そうな印象の女の子である。

「おう、荒熊の旦那! 今日も手伝いに来たよ」

 女の子はニカッと笑いながら、荒熊さんに向かって手を上げた。江戸弁交じりの独特な話し方だ。
 ちょっと事態についていけず、志希は二人の後ろで目を白黒させる。
 そうしたら、女の子が志希のことを指し示しながら荒熊さんに問い掛けた。

「ところで旦那、この別嬪なお姉さんは誰だい?」

「今日からうちで働く志希ちゃんだよ。――志希ちゃん、この子は明日香ちゃん。近所に住んでる女の子で、小学校が休みの日にお店の手伝いをしてくれてるんだよ。ちなみにお給料は、お菓子とドリンクの現物支給!」

 荒熊さんは女の子――明日香に向かって答えつつ、志希にも彼女のことを紹介してくれた。どうやら、仕事仲間……のような女の子らしい。

「はじめまして、小日向志希です。よろしくお願いしますね、明日香ちゃん」

「ご丁寧にどうも! あたしは真崎(まさき)明日香って申しやす。花の小学三年生。どうぞご贔屓に、志希の姐さん!」

 志希が挨拶をすると、明日香はこれまた江戸弁交じりの口調で自己紹介をしてきた。
 どことなく芝居がかっていて、しかしそれ故にノリがよく、小気味良い感じの喋り口調だ。聞いていて飽きない。

「明日香ちゃんは江戸っ子さんなのですね。そちらの生まれで?」

「いえ、あたしは落語が趣味でして。気付いた時にはこんなべらんめえ口調に……。お恥ずかしい話でさぁ」

 明日香がパーカーのカンガルーポケットから扇子を取り出し、これまた芝居がかった動作で自分の頭を叩く。
 なるほど、確かにこれは落語っぽい。志希は、「おー」と感心した様子で拍手した。
 と、そこで荒熊さんが注目を集めるように、パンパンと小さな手を打ち鳴らした。

「さて、自己紹介も終わったところで、ちゃっちゃと開店準備をしちゃおうか。今日は土曜日だからお客さんが多いかもしれないけど、頑張っていこう」

「はい!」

「おうさ!」

 明日香と一緒に返事をし、志希は荒熊さんに習いながら開店の準備に取り掛かった。