朝食を取り終わったら、いよいよ仕事開始だ。
 志希は部屋で、荒熊さんから渡された制服に着替える。白のブラウスに黒のロングスカートとエプロン。落ち着いているものの、かわいらしい制服だ。
 身だしなみを整えて姿見でチェックしていると、ドアがコンコンと叩かれる。志希が「どうぞ」と返事をすると、ドアが開かれた。

「志希ちゃん、準備はできたかな?」

「はい、大丈夫です」

 ドアノブにプラーンとぶら下がっている荒熊さんを心の中で愛でつつ、志希は部屋を後にする。
 一階のカフェへ降りると、荒熊さんは志希にメニュー表を手渡した。

「志希ちゃんには基本的に、ウェイトレスやお会計をやってもらいます。あとは、お菓子類の準備とか。メニューはそんなに多くないから、すぐに覚えられると思うよ」

 言われてメニューを確認すれば、確かにそれほど種類は多くない。ドリンクが六種類、サンドイッチが四種類、そしてお菓子系が六種類のみ。荒熊さんの言う通り、これならすぐに覚えられそうだ。

「ご飯系やパスタ系とかはないんですね。食べ物は軽食系ばかり」

「うちは、ブックカフェだからね。食べ物系メニューは、本を読むのに邪魔になりにくくて、ついでに本を汚しにくいサンドイッチ系と焼き菓子系に限定しているんだ」

「あ、なるほど。そういう理由ですか」

 荒熊さんの説明に、志希も納得した様子で頷く。
 志希もここで暮らすようになってから、ブックカフェのことを少し調べた。
 どうやらブックカフェとは、飲食をしながら店内の本棚に並ぶ本を自由に手に取って読むことができるカフェのことを指すらしい。そのコンセプトに照らし合わせるなら、なるほど、理に適ったメニュー構成だ。

「ちなみに、お菓子は業者からの仕入れ。その方が専用の機材もいらないし、手作りよりも日持ちするからね。まあ、僕一人だと手が回らなかったっていうのもあったんだけど……。ただ、その代わりに季節ごとの手作りジャムを添えています。いつも二~三種類くらい用意してあるから、お菓子の注文を受けた時はジャムのことも確認してね」

「了解です」

 なお、今は苺と梅とりんごの三種類とのことだった。味見させてもらったら、どれも果肉の甘さが際立った絶品ジャムだった。さすがは神様、ジャム作りの腕も一級品らしい。

「それと、店に並んでいる本は商品でもあるから。売る時は、背表紙の値札を確認してね」

「あ……、やっぱりここの本って、売り物だったんですね」

 荒熊さんから説明を受けて、志希は少し居心地悪そうに苦笑した。
 ブックカフェのことを調べた時から薄々そんな気はしていたが、やっぱり売り物だったらしい。そうなると志希は、売り物を使って店長をタコ殴りにしたわけだ。自覚すると、改めて罪悪感が湧いてくる。

「暇な時は、志希ちゃんも本を読んでいていいよ。お客さんにオススメの本を聞かれることもあるから、本を読むことも仕事です」

 そんな志希の心情を知ってか知らずか、荒熊さんはのほほんと説明を続ける。
 と、その時だ。開店時間までまだ時間があるはずだが、入り口のドアが開かれた。