そして、今日からはいよいよカフェでの仕事開始だ。
 志希は、棚の上に並べた二つの遺影の前に座る。

「おはようございます、お母さん、お父さん。今日からお仕事開始です。私、頑張りますね」

 写真の中で笑う両親へ、志希もにこりと笑い掛けながら語り掛ける。
 両親との“会話”を済ませた志希は、「よし!」と頷きながら、スクッと立ち上がった。

「さて! そろそろ朝ごはんの準備をしなければ!」

 そう言いつつ、ひとまずパジャマから部屋着に着替え、志希は今日も元気に部屋を後にした。
 洗面所で顔を洗い、台所へ向かう。
 ご飯はタイマーでセットしてあるので、フライパンで目玉焼きを作りながら、昨晩作った肉じゃがの残りを温めていく。
 目玉焼きが出来上がり、肉じゃがも程よく温まったところで、志希は自分の部屋の向かいにある部屋のドアをノックした。

「荒熊さん、朝ごはんができましたよ! 起きてください!」

 ノックの後にドアを開け、中に向かって呼びかける。
 すると、部屋の隅に置かれた大きめの籐かごがカタカタと揺れ、中からナイトキャップを被ったパジャマ姿の荒熊さんがむくりと顔出した。この籐かごは、荒熊さんのベッドなのだ。荒熊さん曰く、ちょっときつめのサイズのかごに体を丸めて寝るのが落ち着くらしい。ねこ鍋ならぬ、アライグマバスケットである。

「おはよ~、志希ちゃん」

「はい! おはようございます、荒熊さん」

 くわ~、と大きな欠伸をする荒熊さんへ、志希がにっこり笑い掛ける。

「朝ごはん、できてますよ。顔を洗ってきてください」

「いつもありがとね。すぐ行くよ」

 目をこすり、尻尾をプラプラさせながら洗面所に向かう荒熊さんを見送り、志希は台所に戻ってご飯をよそい、おかずを盛り付けていく。それらを居間のこたつに並び終えたところで、荒熊さんもやってきた。

「それじゃあ、いただきます」

「はい、召し上がれ」

 小さな手で箸を器用に握り、荒熊さんが肉じゃがのジャガイモを頬張る。
 それを見ながら、志希も「いただきます」と言って、卵焼きを一切れ取る。

「やっぱり一晩寝かせた煮物は最高だね。味がよく染み込んでいて、これだけでご飯三杯はいけちゃう。というか、志希ちゃんの手料理おいし過ぎ! ほんと、うちにきてくれてありがとう!」

「いえいえ。私の方こそ、おいしく食べていただけてうれしいです」

 言葉通り「おかわり!」と言う荒熊さんから、志希は満足げな様子で茶碗を受け取った。

 ただ、そんな志希の脳裏に、母親の笑顔が浮かぶ。母の愛希も、『志希の料理はうま過ぎ!』といつも褒めてくれた。それがうれしくて、志希はもっとおいしく作れるようになろうと、さらに頑張ったのだ。
 しかし、その母も、もういない。そう思うと、()()()()()が込み上がってきて、胸の奥がチリっと痛んだ。