そこでは幼い志希が、泣きながら画用紙に絵を描いていた。父と母、そして自分が笑って手をつないでいる姿だ。ごしごしと袖で涙を拭い、必死にクレヨンで絵を描き続ける。そして、絵の端にはうろ覚えの汚い字で“おかあさん、げんきだして”と書いてあった。


「志希ちゃんには、あれが本当に自分のことだけ考えている子に見える? 僕には、自分なりに必死で考えて、お母さんを元気づけようとしているようにしか見えないよ」


 荒熊さんの言葉が、志希の中で波紋を生んでいく。

 荒熊さんが言う通りだ。少なくともこの幼い自分は、自分のことばかりを考えているようには見えない。

 志希はこんなこと、覚えていなかった。すっかり記憶から消してしまっていた。おそらくは荒熊さんの指摘通り、その方が自分にとって都合が良かったから。


「確かに志希ちゃんはこの後、お母さんから言われたことが原因で、捨てられる恐怖に怯え始めてしまうのかもしれない。――でも、この時の志希ちゃんは違ったんだよ。捨てられる恐怖なんか考えもせず、ただお母さんを励ますことに必死だったんだ。それしか見えていなかった。それも大切な君の一面、お母さんを想う君の強さだ。それを否定しちゃいけない」


「私は……」


「記憶の世界に来る前に、志希ちゃんはお母さんを貶めたくないって言ったよね。それと同じだよ。君は、勝手な思い込みで過去の君自身を貶めちゃいけない。でなきゃ、きっと君の欲している答えは見通せないよ」


 荒熊さんの言葉が部屋に木霊し、志希の鼓膜を震わせていく。

 志希はそれに対して、何も言い返さない。なぜなら今この瞬間、こうして頑張っている過去の自分を目の当たりにして、ようやく自分自身の愚かさに気付けたから。