今にして思えば、幼い自分は何と自分勝手なひどいことを考えていたのだろう。母の辛さを思いやるのではなく、自分が安心するために母を焚きつけようとしていたのだから。五歳の子供とはいえ、これはあまりに身勝手過ぎる。

 だから、あの結果も因果応報だったのだろう。

『おかーさん、げんきだして』

 そう思う志希の眼前で、幼い志希が母の肩に手を置く。
 子供ながらに演技がうまい。まるで本当に心配しているようだ。
 だが、母は鬱陶しそうに幼い志希の手を払いのけ、感情の籠っていない虚ろな目で背後に立つ志希を見上げた。

『……ごめん、志希。今はほっといて。ひとりにして……』

 十三年ぶりにこの言葉を耳にして、志希が辛そうに胸を押さえる。
 幼い志希も目を丸くし、呆然としたままよたよたと歩み去っていった。

「なるほど。これが、志希ちゃんが言っていた……。実際に見聞きしてみると想像以上にきついね……」

 隣に立つ荒熊さんが、珍しく狼狽えた様子で唸るように言った。

「自業自得ですよ。あの時の私は、お母さんを励ます振りをして、自分の不安と悲しみを取り除いてもらおうとしていたんですから……」

 それに対して志希は、胸を押さえたまま俯きながら、幼い自分の愚行を切って捨てる。
 すると、その時だ。ぴょーんとジャンプした荒熊さんが、小さな手で志希の頭を叩いた。

「志希ちゃんは自分に対して厳し過ぎるよ。というか、自分のことを卑下して悪く考え過ぎ。自分を悲劇のヒロインか何かと勘違いしてるんじゃないかな。多分、その所為で記憶を都合よく書き換えてもいると思うよ」

「荒熊さん……」

 珍しく厳しい表情で説教をする荒熊さんを、志希は呆然と見つめる。
 そんな志希へ、荒熊さんは幼い自分が去っていった寝室の方を指差しながら言う。

「だってほら、見てみなよ」

 荒熊さんに促された志希は、隣の寝室の方を見つめ――思わず目を見張った。