そして、また場面が飛ぶ。場所は同じ、志希の家。しかし、先程までとはまるで別の場所のように見える。明るかった室内は薄暗くなり、賑やかだった三人の声もなくなって、母のすすり泣く声だけが響く。

 そう――ここは、父の葬式の直後。志希にとって運命のターニングポイントとなった日だ。
 この後に起こることを思って、志希の体が震える。

「志希ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫です。これくらいで根を上げたりはしませんよ」

 志希の目の前ではテーブルに置かれた父の遺影の前で、母は喪服のまま『拓真……、拓真……』と泣き崩れていた。

 志希の記憶にある通りだ。普段は明るくて強い母が初めて見せた、弱った姿。何度目にしても、胸を締め付けられる。

 そこへ、母の様子を窺うように幼い志希が歩み寄る。
 今でもこの日のことは鮮明に思い出せる。泣き崩れた母の姿を見て、父はもう戻ってこないのだと幼心にもわかった。
 優しい父ともう会えない。そう思うと悲しくて、泣き崩れている母を見ていると自分も泣きたくなってきて……。志希自身、父の葬式の日は今までに感じたことのない不安と恐怖と悲しみで胸の中がいっぱいだった。

 だからこそ、余計に母に泣いていてほしくなかったのだ。いつものように、母に笑って『大丈夫だよ』と言ってもらいたかったのだ。
 その為に志希は、あの日、母を元気づけようとしていた。