「今すぐ結論を出す必要はないんだよ」


 そんな志希の心情を慮ってくれたのか、荒熊さんが気遣わしげに言う。

 けれど、志希は震える体に鞭打って、無理矢理首を横に振った。


「もしお母さんが、私のいないところで私のことを疎んでいたのなら、それでもいいんです。私も疑っていたのですから、おあいこです。泣いてしまうかもしれませんが、すべて受け入れます」


「志希ちゃん……」


「でも、おそらくそんなことはないと思います。勝手な願望かもしれませんが、お母さんは私のいないところでも私の知るお母さんのままであったと思うんです」


 そう。少なくとも志希は、ずっと母から大事にしてもらった自覚がある。

 もし本当に母が志希を疎んでいたなら、それは志希の方にも伝わっていたと思うのだ。けれど、志希は母からそんな感情を向けられたと感じたことはない。


「私は、すぐにでも見に行かないといけないんです。これ以上、私の疑心暗鬼でお母さんを貶めないためにも」


 志希は強い意思が籠った瞳で、「だから……私は行きます」と荒熊さんを見つめる。

 志希の覚悟を見て取った荒熊さんは、「わかった」と返事をした。


「僕もこれ以上は、何も言わない。それじゃあ、行こうか」


「はい」


 志希の緊張に満ちた硬い声が、カフェの中に木霊した。