「あわわ……」

 荒熊さんに恐れをなして、志希がしりもちをつく。少しでも荒熊さんから距離を取ろうと、そのままズリズリと後退りするが……すぐに背中が本棚にぶつかってしまう。

「フフフ……。逃げ場はないよ」

 まるで狩りを楽しむ肉食獣のように、荒熊さんがゆらりゆらりと志希に歩み寄る。
 彼が言う通り、志希にはもう逃げ場はない。志希はガクガクと震えながら、それでもどうにか距離を取ろうと、本棚に寄り掛かるようにして立ち上がる。

 だが、そんな彼女の抵抗も焼け石に水だ。まったく意味はない。
 その間にも荒熊さんはゆらりゆらりと距離を詰め、ついに志希を射程に収める。

「フフフ。かーくーごー!!」

 目をビカッと光らせ牙を剥き、荒熊さんがぴょーんと飛び跳ねて志希に襲い掛かる。
 もはや絶体絶命。万事休す。志希の命運はもはや風前の灯火だ。

「――へぶらっ!」

 こじんまりとした店内に響く、鋭い悲鳴。次いで、ドサッと何かが床に叩きつけられる重い音。
 そこには世にも無残な――ハードカバーを眉間にめり込ませ、ピクピクと震えるアライグマの姿があった。

 ……いやまあ、何があったかと言えば、襲い掛かってきた荒熊さんを志希が思わず迎撃。咄嗟に本棚からハードカバーを抜き出して投げつけ、その角がちょうどうまい具合に荒熊さんの眉間にめり込んだのである。

 ただ、志希の迎撃はこれで終わらない。

「いやいやいやーッ!!」

 命の危機に瀕した志希は、もはや錯乱状態。本棚から手近にあった広辞苑を抜き出し、ボコスカと荒熊さんのことを殴りつける。

「ちょっと――がふっ! 待って――げへっ! ごめん――ぐほっ! ごめんなさ――ごはっ! さっきの冗談――ふごっ!」

 一方、さながらもぐら叩きのもぐらと化した荒熊さんは、弁明するように後ろ手に隠していたミニサイズのプラカードを志希に向かってみせる。そこには、『ドッキリ大成功!!』の文字。
 一体いつの間にそんな小道具を用意したのか知らないが、どうやらこのアライグマ、志希を驚かそうとしていただけらしい。

 しかし、パニックに陥った上に目を閉じて殴り続ける志希は、そんなものには気が付かない。「いやーっ!」と叫びながら袋叩き続行する。

 そして――。

「いーやーっ!!」

「――あふん♡」

 最後は腰の入った特大のフルスイング広辞苑角アタックを、荒熊さんの頬にお見舞い。吹っ飛ばされた荒熊さんは、ズタボロのぬいぐるみのようになって床に転がった。

「じょ……冗談……だったのに……」

 そう呟きつつ、荒熊さんは手からプラカードをポロリと落とし、ガクリと気絶。
 同時に、体力が尽きたらしい志希も、荒い息をつきながらその場でへたり込む。そして、ズタボロの荒熊さんと、横に転がったプラカードを目にして――。

「へ? ドッキリ? ――ごごご、ごめんなさい!!」

 慌ててボロ雑巾と化した荒熊さんの介抱を始めるのだった。