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 志希が自室へ戻り、カフェには荒熊さん一人が残った。

「本当に、志希ちゃんは優しい子だね」

 手持ち無沙汰に本へ値札を付けながら、荒熊さんはひとり呟く。

 志希は幼い頃から優しく真面目であったがゆえに、母の心を必要以上に慮って自分の寂しいをいう感情を押し殺してしまった。

 その結果、押し殺された寂しさが不安へと形を変えて志希を蝕んだ。
 すべては、志希の優しさが招いてしまった不幸な“縁のほつれ”だ。

 荒熊さんは、昔のことを――自分がまだ前土地神の神使であった頃のことを思い出す。
 ある満月の夜、前土地神はまん丸の大きな月を見上げながら、『いいかい、荒熊君』とこんなことを言ってきたのだ。

『人と人を結び付けるのが、縁結びの神の仕事。でもね、時には結び付いた縁が絡まって、変な結び目を作ってしまうこともある。そんな時、絡まった縁を解きほぐしてあげるのもまた、縁結びの神の仕事なんだ』

 それを聞いた時は、正直、『この駄メガネ、何を偉そうに語ってんだ』と思ったものだが、今ならまあ『駄メガネも、たまにはいいことを言う』と思わなくもない。

 今の志希の状態は、正に縁が変に絡まった状態と言っていいだろう。そして、あの駄メガネはそれをどうにかするのも仕事の範疇だと、後釜である自分に引き継ぎをしていたのだ。

「だったらこれは、僕が縁結びの神として何とかしなくちゃいけないことだよね」

 自身へ言い聞かせるように、荒熊さんはもう一度呟く。
 荒熊さんには、志希を納得させられるかもしれない策がひとつあった。ただ、それは同時に、志希を失意のどん底に落とし込んでしまう可能性も秘めた諸刃の剣でもある。
 故に、使うかどうかは最終的に志希次第ということになる。

「果たして志希ちゃんは、どう判断するかな」

 本へ値札を付け続けながら、荒熊さんは志希の部屋がある方を見上げた。