だからこそ、祖父が自分のところへ来てくれたという幸運を、志希は素直に受け入れることができなかった。母を騙していた自分が幸せへ手を伸ばそうとすること自体、許されないことであるとしか思えなかった。

「荒熊さん、教えてください。私は、どうしたらいいのでしょう。どうすれば、この罪を償うことができるのでしょう」

 縋るような目で、荒熊さんを見つめる。
 すべてはそこからなのだ。母に対して犯したこの罪を償うことができなければ、志希は一歩たりとも先へ進むことはできない。

「……だったら、謝りに行くかい? お母さん本人に」

 そんな志希に対して、荒熊さんは最適解を提案してくれた。

 実際、志希もそれは何度も考えた。
 幸いなことに、自分や母と縁が深い絵本が手元にあるのだ。それならば荒熊さんの力を借りれば、源内や明日香たちのように、母と会うことできるだろうと。直接、母に問うことができるだろうと。

 ただ……。

「すみません。たぶんそれでは、私自身が納得できない気がします……」

 志希は、力なく笑いながらそう言った。
 そう、きっと納得できない。

 本の記憶の中で罪を明かせば、母はきっと笑って許してくれると思う。母はそういう人だから。でも、だからこそダメなのだ。それでは、ただの自己満足のために、本の記憶の中の母を利用しているようにしか、志希には思えなかった。

 我ながらほとほと面倒くさい性分だと思うが、こればかりは仕方ない。

「お母さんの本音もきちんと知った上で謝る。たぶん私がしたいのは、そういうことなんだと思います。だから、本の記憶の中のお母さんを呼び出して謝るだけでは、足りない気がするんです」

「まあ、そうだろうね……」